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アジアのクリエイターが躍進を遂げた第95回アカデミー賞を総括。A24の”種蒔きの成果”と“新しい危機”

コラム

アジアのクリエイターが躍進を遂げた第95回アカデミー賞を総括。A24の”種蒔きの成果”と“新しい危機”

新たな才能に光を。A24が映画業界を未来へ導くか

アカデミー賞の“ハットトリック”を達成したダニエルズ
アカデミー賞の“ハットトリック”を達成したダニエルズRichard Harbaugh / [c]A.M.P.A.S.

では、このアジア系クリエイター大躍進はなにを意味するのだろうか。アカデミー賞の投票母体である映画芸術科学アカデミーは、2012年に排他的体質が批判されて以来、外国人や性的、人種的マイノリティに属する人々を積極的に新会員に迎え入れた。約9600名の現会員のうち、約6割がこの10年間に入会している。だが、会員の多様性を広げたのは批判に対する危機管理ではない。ハリウッドが次の100年間も繁栄し続けるには、新しい視点とクリエイティビティを迎え入れ、世界の観客に向けて発信することが最善の方法という考えからだろう。今年大記録を打ち立てたA24は、ビッグスタジオとは異なる先駆性で新しい才能にチャンスを与えてきたブティック・スタジオ。

『複製された男』(13)のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、『ロブスター』(15)のヨルゴス・ランティモス監督、『ムーンライト』(16)のバリー・ジェンキンス監督、『レディ・バード』(17)のグレタ・ガーウィグ監督、『へレディタリー/継承』(18)のアリ・アスター監督、そして『スイス・アーミー・マン』(16)のダニエルズなど、A24が撒いた種がこの先のハリウッドとエンタテインメント業界を救う芽として息吹き始めたということだ。ダニエルズはすでにユニバーサル映画と独占契約を結び、次作以降はメジャースタジオで作品を作る。コミック原作などのIP作品や続編ではなく、オリジナルな作品を生み出せる才能を映画業界最大の祭典で表彰し、未来に向かって種を蒔くことが、映画が絶滅する危機を回避する方法となる。

本年度アカデミー賞における“ハプニング”と“新しい危機”

【写真を見る】キー・ホイ・クァン、インディ・ジョーンズことハリソン・フォードに満面の笑みで駆け寄る!
【写真を見る】キー・ホイ・クァン、インディ・ジョーンズことハリソン・フォードに満面の笑みで駆け寄る!Blaine Ohigashi / [c]A.M.P.A.S.

主演女優賞のミシェル・ヨー、助演女優賞のジェイミー・リー・カーティス、主演男優賞のブレンダン・フレイザー、助演男優賞のキー・ホイ・クァンのスピーチはどれも、努力し続けること、諦めないことの大切さを訴えたものだった。危機管理が行き届かない生放送の授賞式につきもののハプニングにも、美しい瞬間がいくつもあった。昨年の助演女優賞受賞者アリアナ・デボーズが、キー・ホイ・クァンの名前を呼ぶ前に声を詰まらせたり、『RRR』のM・M・キーラヴァーニがカーペンターズの「Top of the World」の替え歌でスピーチを行ったり、作品賞のプレゼンターにハリソン・フォードが登場して『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』(84)のリユニオンが行われたり。昨年1年間に公開された映画を祝う祭典であれば、この程度のハプニングで充分である。

そして、今年の受賞結果には“新しい危機”を予感させるものもあった。ドイツ映画の『西部戦線異状なし』(Netflixにて独占配信中)は、国際長編賞、作曲賞、撮影賞、美術賞の4部門を受賞している。技術賞を3部門受賞し、視聴覚効果賞の『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』(公開中)、衣装デザイン賞の『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』(22)、メイクアップ&ヘアスタイリング賞の『ザ・ホエール』と分けあう結果となった。『西部戦線異状なし』は、英国映画テレビ芸術アカデミー(BAFTA)賞で14部門ノミネートの末、作品賞、監督賞、脚色賞、非英語作品賞など6部門を受賞し注目を集め、オスカーでも非英語作品で唯一作品賞にノミネートされていた。今作はドイツとアメリカが製作、イギリスの版権セールス会社を通じてNetflixがドイツ、スイス以外の配給、配信権を取得している。

『エブエブ』に次ぐ4冠に輝いた『西部戦線異状なし』
『エブエブ』に次ぐ4冠に輝いた『西部戦線異状なし』Blaine Ohigashi / [c]A.M.P.A.S.


『西部戦線異状なし』の制作費は2000万ドル(約26億円)で、例えば作曲賞候補の『バビロン』は8000万ドル(約107億円)、撮影賞や美術賞で並んで候補となった『エルヴィス』の8500万ドル(約113億円)と比べると、低予算の部類に入る。技術部門賞の評価は制作費だけで測れるものではないが、スタジオのビッグバジェット映画の予算管理に、ハリウッドが陥る問題の源泉があるのではないだろうか。ハリウッドは多様性を高めることで、いままで見えない存在だったマイノリティの才能を包摂し、業界の未来に希望をつないだ。次は、映画業界を支えるビロウ・ザ・ライン(主演・監督・製作よりあとに表記されるスタッフや俳優をこう呼ぶ)の状況に目を向けることが求められる。おりしも、来週から全米脚本家組合 (WGA) と映画テレビ製作者同盟 (AMPTP) との契約更新交渉が行われるところだ。

文/平井 伊都子


第95回アカデミー賞特集

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