和洋が混じりあう時代の独特な美とときめきを体現。『わたしの幸せな結婚』を少女漫画研究家がレビュー
食事のシーンで2人の心情の変化を丁寧に表現
物語は2人の関係性の変化とともに進行する。映画版ではやや早足の描写となるが、巧みな演出と脚本で不自然さを感じさせない。その変化をもっとも端的に表現しているのが、ものを食べるシーンだ。序盤、美世が作った朝食に箸をつけず、「毒でも盛ったか」と言い放った清霞は、やがて「ゆり江とは少し味付けが違うようだが悪くない」と積極的に食べるようになり、しまいには甘味処で2人してあんみつを食べたりもする。その重要性ゆえに制作陣はそれらのシーンを非常に丁寧に描いている。
一方、そんな2人の関係性に暗い影を落とすのが、美世が毎晩のように見る悪夢である。清霞を心配させまいと、美世は無理してなんでもないように振る舞うのだが、悪夢から来る疲労感は徐々にその体を蝕んでいた。仕事が立て込んで忙しく過ごしている久堂はその変化に気づかず、恋敵の鶴木に「婚約者なら気にかけてあげるべきでは?」と詰られる始末。2人の間にまだ確かにある距離感を、悪夢が顕在化させる。
つまりこの物語は食欲と睡眠欲という人間の2つの本能を軸に、主役2人の関係性を展開させているのである。そしてもちろん性欲…と言ってしまうと身も蓋もないが、そこには通奏低音のようにお互いの恋しい、愛しいという想いがあり、そのすべてが渾然一体となって最終盤へなだれ込んでいくのだった。
異能バトルが展開される後半は往年の名作「帝都物語」を彷彿とさせる雰囲気もあり、この複雑で情報量盛り盛りの作品をよくも2時間にまとめあげたものだと感嘆するばかりである。もちろん気楽にデートムービーとして楽しむのもよいだろうが、今田の演技をはじめとした細やかな描写と、派手なVFXが共存するこの作品は、より幅広い客層に訴求し得るポテンシャルを秘めている。
文/小田真琴
作品情報へ