1,500名超の人命を救助した元消防士が『ノートルダム 炎の大聖堂』を解説…「死者ゼロ」の奇跡を遂げた理由とは?
『薔薇の名前』(86)や『セブン・イヤーズ・イン・チベット』(97)などのジャン=ジャック・アノー監督が、2019年に起きた世界遺産のノートルダム大聖堂の大火災を映画化した『ノートルダム 炎の大聖堂』(4月7日公開)。本作で日本語字幕監修を務めたのが、元消防士で、日本防災教育訓練センターの代表理事であり、34か国の消防防災経験があるサニー カミヤだ。レスキュー現場で活躍し続けてきたカミヤに、大火災をリアルに再現した本作の魅力を、プロならではの視点から語ってもらった。
ゴシック建築の最高峰とも言われ、宗教や国境を超えて、人々に愛されてきたパリのノートルダム大聖堂。大火災となった聖堂内は狭くて複雑な通路となっており、さらにキリストの聖遺物は厳重な管理がされていたため、消火活動は困難を極めた。あわや大聖堂崩落というなか、消防士たちは巧みに連携を取り、勇敢に突入したことで、結果として「死者ゼロ」という奇跡を導いた。
「日本を含め、世界中、どこの重要文化財も同じリスクに直面している」
レスキュー隊小隊長、国際緊急援助隊員、ニューヨーク州救急隊員などを務めてきたカミヤは、ノートルダム大聖堂を過去4回ほど訪れた際に、現地消防局の広報担当者から、いろいろな問題点を聞かされていたそうだ。「建物自体はもちろん、消防設備の老朽化やメンテナンスコストが莫大でした。また、火事になった際に、数千にも及ぶ文化財をどのように財産的、宗教的、考古学的価値による優先順位をつけて消火活動を行うかなどが課題だと聞いていて。それは日本を含め、世界中、どこの重要文化財も同じリスクに直面していることも実感しました」。
また、「歴史的な建造物は、部屋の名称も特殊だし、特に宗教施設はなかでも複雑な名称のものが多いから大変です。日本でも言えることですが、いまはほとんどの場合、防火管理業務を警備会社に委託しているけど、警備員は離職率が高い。映画を観てもわかるように、文化庁の職員や学芸員が詳しい内情を知っていても、その方々は9時から17時までの勤務なので、夜間や土日、祝日になにかが起きると、担当者が駆けつけるまでに何時間もかかってしまいます」と問題点を挙げる。
アノー監督は、フランスの精鋭スタッフと共に、火災の光景をリアルに再現し、心を打つ真実のドラマに仕上げた。セットを組んで実際に燃やした映像もすごいが、火花が弾ける音や流れる水、消防士の息遣いまでが生々しく感じられるDolby Atmosの技術を用いた音声もすばらしい。本作を観て、カミヤが一番心を奪われたのは「重要文化財を守るため、建物の一部が燃えて落下するなか、屋内に進入し、学芸員と一緒に財産を保護する使命を果たすため“サルベージチーム”を組んで救出するシーン」だと言う。
さらに、フランス人ならではの宗教観も色濃く出ているが、カミヤも「パリの消防士たちはほとんどが敬虔なクリスチャンで、ノートルダム大聖堂に込められた清き祈りを守りたいという気持ちが感じられました」としみじみ語る。
元福岡市消防局でレスキュー隊員、ニューヨーク州救急隊員、国際緊急援助隊員として、計34か国、約5,000件の様々な災害現場で消防活動し、人命救助した人数は約1,500名以上。現在、日本防災教育訓練センターの代表理事を務め、リスク&危機管理・防災・防犯、各種テロ対策コンサルタント等活動中。著書に、「みんなで防災アクション! 国際レスキュー隊サニーさんが教えてくれたこと」、「ペットの命を守る本: もしもに備える救急ガイド」など。