ドラマを縦に掘り下げスケールアップ!入江悠監督の意欲作『映画 ネメシス』を映画ライターの金澤誠がレビュー|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
ドラマを縦に掘り下げスケールアップ!入江悠監督の意欲作『映画 ネメシス』を映画ライターの金澤誠がレビュー

コラム

ドラマを縦に掘り下げスケールアップ!入江悠監督の意欲作『映画 ネメシス』を映画ライターの金澤誠がレビュー

2021年に放送された櫻井翔広瀬すず主演によるミステリードラマの劇場版『映画 ネメシス 黄金螺旋の謎』(公開中)。テレビシリーズから2年後、人気探偵事務所になったネメシスへの依頼がピタリと止まり、経営難になった事務所はビルの屋上へと移転。そのころからアンナ(広瀬)は、仲間が次々に死んでいく悪夢を見るようになる。ある日、彼女の前に“窓”と名乗る奇妙な男(佐藤浩市)が現れ、「私たちが握手しなければ、夢は一つずつ現実になる」と告げ、アンナの悪夢をきっかけに、風真(櫻井)、社長の栗田(江口洋介)のネメシス3人組が、かつてない不思議な事件に巻き込まれていく。

ネメシスの面々が、仲間たちが次々に死ぬという悪夢の謎を解決すべく奔走する
ネメシスの面々が、仲間たちが次々に死ぬという悪夢の謎を解決すべく奔走する[c]2023 映画「ネメシス」製作委員会

悪夢と現実が交錯する多重構造の世界観

テレビシリーズは、天才的なひらめきで事件の真相を見破る探偵助手のアンナと、ポンコツだが自ら天才探偵を名乗る風真の活躍を描いた探偵物語。加えて、アンナの失踪した父親の行方捜しと、彼女の出生の秘密がシリーズを通しての謎になっていた。

【写真を見る】仲間たちが次々と死ぬ衝撃の展開が繰り広げられる『映画 ネメシス』の見どころとは?
【写真を見る】仲間たちが次々と死ぬ衝撃の展開が繰り広げられる『映画 ネメシス』の見どころとは?[c]2023 映画「ネメシス」製作委員会

これを受けて新たな物語を創造したのは、「アンフェア」シリーズの原作者として知られ、小説家、脚本家、映画監督、劇作家、演出家など多彩な顔を持つ秦建日子。「アンフェア」でも、登場人物各々に伏線を張り巡らして重厚感のあるドラマを構築していたが、今回は悪夢と現実が交錯する多重構造の世界観のなかで、なにが真実かを模索するアンナと風真を描いている。

監督は、テレビシリーズで総監督を務めた入江悠が担当。入江監督といえば、将来の展望が見えない若者たちが、ラップによって人生の一発逆転を夢見るHIPHOP青春映画「SR サイタマノラッパー」北関東三部作(09~12)で注目を浴び、そこで描かれた貧困にあえぐ地方社会をベースにした人間ドラマでは『ビジランテ』(17)や『ギャングース』(18)、先の読めない展開で観客を乗せるエンタテインメントでは『ジョーカー・ゲーム』(15)や『AI崩壊』(20)を発表してきた。なかでも韓国映画をリメイクした『22年目の告白―私が殺人犯です―』(17)は社会性と娯楽性のバランスが取れた秀作で、興行収入24億円を超える大ヒットを記録した。

『映画 ネメシス 黄金螺旋の謎』でもチャレンジングな姿勢を貫いている入江悠監督
『映画 ネメシス 黄金螺旋の謎』でもチャレンジングな姿勢を貫いている入江悠監督[c]2023 映画「ネメシス」製作委員会

ミステリーとエンタメの壁を越えようとした入江悠監督

今回の映画はもちろんエンタテインメント系の入江作品で、方向性としては主人公の逃亡劇とAIによる管理社会の恐怖を融合し、サスペンスとSFの両方の魅力を取り込んだ『AI崩壊』に近い。何度もリピートされるアンナの悪夢、そのなかで展開する仲間の死に方と、現実のシチュエーションが酷似していき、現実の謎と夢の出来事の境界線が近づいていく展開が見どころ。その2つの世界観をつなぐのが佐藤浩市の“窓”で、夢と現実どちらでもアンナにコンタクトできる彼を、ある実体と捉えるか、それとも意識体として捉えるかで見方が変わってくる作品でもある。

現実と悪夢をつなぐ重要なキャラクター”窓”を佐藤浩市が演じる
現実と悪夢をつなぐ重要なキャラクター”窓”を佐藤浩市が演じる[c]2023 映画「ネメシス」製作委員会

社会性のあるテーマを物語に組み込みつつ、ミステリー、心理サスペンス、そしてアンナが見る悪夢に関してはSFの要素もありと、入江監督は『AI崩壊』よりもさらにジャンルの壁を飛び越えたスケールの大きい、宣伝資料の言葉を借りれば“超ミステリーエンタテインメント”を目指している。

栗田をはじめ、アンナの親しい仲間たちが悪夢のなかで悲惨な最期を遂げていく…
栗田をはじめ、アンナの親しい仲間たちが悪夢のなかで悲惨な最期を遂げていく…[c]2023 映画「ネメシス」製作委員会

ただ、理詰めの整合性が求められるミステリーと、理屈を超えた発想の飛躍が楽しいSFを一つにまとめるのは至難の業で、作り手の意欲はわかるが、語り口としてすっきりしない後味が残る部分もある。例えば風真が不可解な行動を起こして、仲間を裏切っているのではと思わせるところは、ミステリーとしてうまく生きている伏線とは言えないだろう。しかし常にいままでにない映画に挑戦しようとする、監督の意気込みは伝わってくる1本だ。

テレビシリーズから変貌した広瀬すずをはじめ、役者陣が好演

ハードなアクションもこなし、頼もしい女性像を体現した広瀬すず
ハードなアクションもこなし、頼もしい女性像を体現した広瀬すず[c]2023 映画「ネメシス」製作委員会

レギュラー陣は好演。インドの武術カラリパヤットの使い手でもあるアンナ役の広瀬すずは、格闘家の魔裟斗を相手にガチンコ勝負のアクションを披露するし、なによりテレビシリーズでは少女のイメージが強かった彼女が、女性としての頼もしさや揺らぎを表現していて、大人の女優に変貌しているのが目を引く。“窓”と対面する佐藤浩市との2人芝居でも堂々とした存在感を見せ、テレビシリーズではどちらかと言えば仲間に庇護される立場だったアンナが、今回は苦悩しながら自ら困難な状況に立ち向かっていくヒロインという側面が強く出ている。

櫻井翔扮するポンコツ探偵の風真は、映画では怪しげな雰囲気を醸し出している
櫻井翔扮するポンコツ探偵の風真は、映画では怪しげな雰囲気を醸し出している[c]2023 映画「ネメシス」製作委員会

相方の風真に扮した櫻井翔は、やや受け芝居に徹した感じ。冒頭、悪夢のなかで仲間を殺す殺人者として登場する風真は、ある意味、謎のキーパーソンで、その含みのあるキャラクターを前に出過ぎずに絶妙のバランスで演じた櫻井にも好感が持てる。

ほかにも主役の2人を見守る栗田役の江口洋介をはじめ、“あぶ刑事”をモチーフにした勝地涼中村蒼の刑事コンビ、天才AI開発者の奥平大兼、元凄腕の詐欺師だったマジシャンの南野陽子など、おなじみの仲間たちが総出演。彼らがアンナの悪夢のなかで、どんな悲惨な最期を遂げるかも、ファンには気になるところだろう。またテレビシリーズではアンナの敵として登場した橋本環奈が、今回は彼女のアドバイスをする役回りで出演し、強い印象を残す。

テレビシリーズで敵として登場した朋美(橋本環奈)は警察病院に収監されている
テレビシリーズで敵として登場した朋美(橋本環奈)は警察病院に収監されている[c]2023 映画「ネメシス」製作委員会

テレビドラマの劇場版は、舞台を海外にするなど”横”のスケールを広げるものが多いが、これは世界観を多重構造にしてインナーワールドを”縦”に掘り下げてスケールを大きくした作品。直球のミステリーだったテレビシリーズの前半とは趣が違う変化球の劇場版だけに、これが観客にどう受け止められるか。その動向が気になるところである。

文/金澤誠

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