離婚は”女優にとって不義の罰”?新たな視点で“再出発”を描いた韓国ドラマ「離婚弁護士シン・ソンハン」
“受けの演技”が生む絶妙な会話が視聴者の心を癒やす「離婚弁護士シン・ソンハン」
「離婚弁護士シン・ソンハン」は、離婚というシリアスなテーマを取り上げながらも、ドラマは癒やしのムードで進んでいく。弁護士業務を仕切る事務長ヒョングン(キム・ソンギュン)、不動産屋代表のチョンシク(チョン・ムンソン)、そしてソンハンは中学時代からつるむ三人組で、トロットとオヤジギャグを愛する中年独身ライフを謳歌している。三人の一人が落ち込んでいると聞けば家に転がり込んで一緒に酒をあおり、憂鬱な心情を演歌に乗せて歌い上げる。ソンハンは通販でキムチやカンジャンケジャンを買っては二人を呼びつけ、文句を言い合いつつも仲良くシェア。昼はソヨン(カン・マルグム)が営む行きつけのラーメン屋でランチ、休日はキャンプ場へ連れ立って向かう。都会に暮らす女性トリオのリアルなアンサンブルで多くのファンを獲得したソン・イェジン主演の「39歳」を手掛けた脚本家ユ・ヨンアであるだけに、彼らの会話にある間合いやテンポが絶妙だ。
「離婚弁護士シン・ソンハン」が「安心して観ていられる」とSNSで称賛される理由には、チョ・スンウをはじめ、キム・ソンギュン、チョン・ムンソン、カン・マルグムという主演もバイプレーヤーも出来る最高の俳優陣による安定感が挙げられる。そのシナジー効果が特に表れているのが会話のシーンだろう。若手俳優は経験を重ねるうち、自分が目立つよりも共演者を輝かせることに集中するようになるという。映画やドラマ、舞台などで十分なスキルを培い、花と実力を兼ね備えた本作の出演者たちは、こうした“受け”の演技で同じシーンにいる俳優をさらに活き活きとさせる。
ソンハンたちのセリフ回しと演技は、何か“相手を待つ”という雰囲気がある。それは本作のテーマに関係があるのではないだろうか。従来のリーガルドラマとは、ハラハラするサスペンスや相手の主張を覆す法廷劇といった、インパクトのある展開が肝だった。「離婚弁護士シン・ソンハン」のイシューである離婚とは、一度は愛し合った二人が別れる行為であり、たとえ前向きな選択であってもお互い傷つくことからは逃れられない。それでも人生をもう一度変える勇気を持つ人の背中を押し、回復と再出発を手助けするのが離婚弁護士なのだろう。
2020年の韓国の離婚率は52%ほどだという。婚姻率そのものが落ちているため数字だけ見れば離婚率は減少傾向にあるが、日本より多い2組に1組が離婚を経験している計算だ。一昨年には、リアリティーショー「私たち離婚しました」がNetflixで配信された。実生活で離婚した夫婦がもう一度生活を共にすることで新しい関係を模索する意図だったが、センセーショナルな話題であるがゆえに出演者への過剰な詮索を呼ぶなど、物議を醸すプログラムとして終わってしまった。そしてつい先日は、ヒョンビンとソン・イェジン夫妻が離婚危機という悪質なフェイクニュースが注目を集めた。こうした社会を反映してか、「最高の離婚」のような日本リメイクものは別として、韓国オリジナルドラマはどうしてもスキャンダラスな作りになりやすい。殊更にタブー視されてきた時代から変わったが、離婚は相変わらず避けるべき事柄であり、だからこそゴシップの的として人間ののぞき見趣味を露わにする。
最近の社会は、自分が正しい存在であることを証明するために他人の瑕疵をやたら取り上げ、断罪することが増えた。そんな世の中で離婚のようなゴシップがやり玉に挙がることに、疲弊している人たちも少なくないのだろう。このドラマは、不寛容な社会に吹く一種の清涼な風であり、ヒーリングになる。
第9話で、ソジンはスキャンダルのことで酔っ払いに絡まれて足がすくんでしまう。そんな彼女にソンハンは「強くなって欲しい」と穏やかに語りかける。ソジンの傷を無視して過剰に鼓舞するわけでもなく、必死に生きるいまの姿のままでよいから「強くなってほしい」という意味であろうセリフは、多くの視聴者の心を震わせた。ソンハンは、ソジンの回復を静かに待っているのだ。ドラマのタイトルにある「シン・ソンハン」は主役の名前だが、「神聖な」という韓国語とダブルミーニングにもなっている。後ろ暗いイメージである離婚の概念が、誰かの再出発を意味するポジティブな社会になることへの願いが込められているようだ。
文/荒井 南