忠実に再現された小物から大胆な脚色まで…驚きとユーモアと家族愛が詰まった『銀河鉄道の父』で宮沢賢治を再発見!
「注文の多い料理店」や「銀河鉄道の夜」など多数の名作童話を手がけ、唯一無二の世界観で国際的評価も高い文豪、宮沢賢治。『銀河鉄道の父』(公開中)は、まだ無名だった賢治を愛し、支え続けた家族の姿を映すヒューマンドラマだ。賢治といえば清貧のイメージが強いが、実は裕福な商家の跡取り息子だったなど意外な事実も多い。そこで今回は、賢治の知られざる話とともに、作品のなかでの描かれ方について注目してみたい。
明治29年(1896年)、岩手県花巻で質屋を営む政次郎(役所広司)は、家へと向かう列車の中で長男出産の電報に心躍らせていた。「賢治」と名付けられた少年は家族の愛を一身に受け大切に育てられるが、在学中に”文学にカブれた”ことで質屋の跡取りになることを拒絶。その後は農業に夢中になったかと思えば人造宝石の製造を計画し、さらに日蓮宗に傾倒したりと政次郎たち家族を困惑させる。そして物語をつむぐことを勧めてくれた妹のトシ(森七菜)が結核で亡くなったことで書く意欲を失ってしまうのだが、政次郎の愛にあふれた応援の言葉を聞いて再び創作活動に邁進した矢先、賢治(菅田将暉)にトシと同じ病魔が襲い掛かる。
賢治に無償の愛を注いだ家族の視点から描くユーモアあふれる感動作
宮沢賢治の半生を描いた映画作品としては、緒形直人主演作『わが心の銀河鉄道 宮沢賢治物語』(96)や三上博史主演作『宮澤賢治 その愛』(96)がともに賢治の生誕100周年記念として製作されているが、どちらも質屋の跡継ぎをめぐる賢治と政次郎のせめぎ合いや、壁にぶつかりながらも自己犠牲の精神で農民たちのために尽力する賢治の紆余曲折の人生を真正面から描くシリアス路線だった。
一方、本作がユニークなのは、これまで歴史の影に隠れていた賢治の家族に焦点をあて、「実は、賢治はダメ息子だった!」という大胆な解釈をベースに家族の視点から宮沢賢治像を描きだした点だ。原作となるのは、宮沢家に入念なリサーチを行って執筆された門井慶喜による傑作小説で、この作品は第158回直木賞を受賞した。
当時は不治の病だった結核で大切な家族を失う悲劇も描写する本作において、役所が演じる政次郎がコメディリリーフ的役割を担っているのも興味深い。もともと成績優秀で商売の才覚もある厳格な明治の男ながら、賢治を溺愛していることで脇の甘さが生じ、それが絶妙な笑いを生み出した。子煩悩エピソードとしては幼い賢治が赤痢にかかり、入院しているにも関わらず自ら看病を買って出た政次郎が腸チフスにかかってしまう出来事が象徴的だが、役所は喜び、愛情、狼狽、悲しみと様々な感情表現でもって、人間的魅力にあふれた政次郎をチャーミングに体現している。
監督を務めたのは『八日目の蝉』(11)や『いのちの停車場』(21)などを手掛け、家族の愛と絆を鮮烈に活写してきた成島出。成島監督は「厳格な人物というイメージがあったので、こんなお父さんだったのかと驚きました。あの時代に、賢治のすべてを受け入れている。ある意味、イクメンの走りかつ親バカで、一生懸命なところがチャーミング。賢治と家族の格闘ぶりも面白かった。このお父さんを、この家族を、映画で僕がまず見たいと思ったのが最初でした」と、出発点となった原作との出会いを振り返っている。