作家・凪良ゆうが語る、『怪物』が問いかけるメッセージ「分断が叫ばれる時代において、なにが私たちに大切なのか」
「是枝監督と坂元さん、互いの魅力が化学反応を起こしていて、“予想していた球”とは違うものが来た」
そんな凪良は、坂元の代表作のひとつであり、社会的なムーブメントを巻き起こした1991年のテレビドラマ「東京ラブストーリー」から坂元作品を追いかけているという。「当時は坂元さんのお名前はとくに意識せず、ミーハーな気持ちでドラマを楽しんでいました。ドラマをドラマとして楽しんでいただけなので、無意識に出会っていた」と当時を振り返る。
その後、年齢を重ねてドラマの脚本家にも注目するようになってきた時、いちばんにのめり込んだのが坂元作品だったと笑顔で話す凪良。「好きな作品名を挙げれば、キリがありません。『それでも、生きていく』『最高の離婚』『Woman』『大豆田とわ子と三人の元夫』…。特に好きな作品は『カルテット』ですね。坂元さんの作品はコミカルな描写を織り交ぜながらも、はらんでいるテーマが非常に重たい。その暗さやしんどさを、重いまま物語にしている作品の力強さもすばらしいですが、ユーモアと重々しさを絶妙なバランスで描いた『カルテット』は突き刺さるものがありました」。
数多、坂元作品と触れるなかで凪良が惹かれるのは、セリフの切れ味の良さ。「私自身もひとつひとつのセリフを大切に、小説を書いているのでその姿勢は坂元さんの作品に影響されたところもある」。なので、今作の変化に驚きを感じたという。「是枝監督と坂元さん、互いの魅力が化学反応を起こしていて、“予想していた球”とは違うものが来たと思いました。これまで評価されてきたことに甘んじていない、お互いにチャレンジをされたのではないかと。セリフにしても、キラーワード的なものをあえて使わず、語りすぎないように抑えている気がして、俳優さんの演技力や是枝監督の映像に託されている信頼感を感じました。ですが、何気ない描写から人物像が立ち上がっていき、物語として『どういうことなのか』考えさせながらも、先を期待させる脚本の力というのはさすがのひと言ですよね」と、2人の共作に新たな境地を見たと明かした。
「分断がさけばれる時代において、なにが私たちに大切なのか語ってくれている映画でした」
今作のプロデューサーの川村元気は、是枝監督と坂元裕二が互いをリスペクトし同じものを見ているという印象から共作を願ったという。共に創作をするなかで、キャスティングが決まると当て書きが加えられて、人物像が豊かになっていく様を間近でみた是枝監督は「勉強になった」と振り返り、坂元も初めて「監督の現場だから言葉を変えてもらっても構わない」というスタンスで臨むことができたという。こういった製作エピソードを凪良は、「そうした尊重し合う関係こそ、分断の時代のひとつの可能性ではないのだろうか」と語る。
「いくら才能のある人同士が力を合わせたとしても、個性がぶつかりあってうまくいかないこともあります。もちろん、自分の作家性を最大限発揮して創作するのだけれど、お互いをリスペクトして、譲り合うことでこそ、新たな物語が生まれる可能性がある。分断がさけばれる時代において、なにが私たちに大切なのか語ってくれている映画でしたし、そもそも創作の背景が“怪物”を生み出さないためのひとつの道を歩まれていたんだなと思いました」と、『怪物』が問いかけるメッセージと現実社会を照らし合わせながら、その物語に浸っていた。
取材・文/羽佐田瑶子