第一線を走り続ける鬼才、デヴィッド・クローネンバーグ作品を構成する“6つの要素”とは?
【5】一度では理解できない複雑さと奥深さ
『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』では進化の途上にいる人々を政府がなんとか管理下に置きたいと考え、プラスチックを食べていた少年の遺体を巡って、ソールは地下組織との接触を政府の人間から指示される。これが本作の軸となるストーリーだが、専門的な用語や設定も多く、一度観ただけではすべてを理解しきれない奥深さ、ミステリアスさに満ちている。
そういったクローネンバーグ作品の複雑さの代表格と言えるのが、1950年代にアメリカで巻き起こったビート・ジェネレーションを象徴する作家の一人、ウィリアム・S・バロウズの同名小説を映画化した『裸のランチ』(「スターチャンネルEX」では4Kレストア版が配信中)だ。害虫駆除をしている小説家志望のビル・リー(ピーター・ウェラー)は妻を“ウィリアム・テルごっこ(相手の頭上に乗せた物=本作ではグラスを銃でねらい撃つ遊び)”で誤って殺してしまい、警察から追われる身に。奇怪なクリーチャー、マグワンプと出会い、インターゾーンと呼ばれる謎の街に身を隠したリーは、そこでタイプライターで報告書を書き続けるというスパイ活動を行うことになる。
両親の影響でクローネンバーグは幼いころから数多くの書物に触れ、自身も作家を志していたがその道を諦めて映画監督になったという。バロウズはそんな彼がかねてより敬愛していた作家であり、この作品で悲願を叶えることとなった。原作は映像化不可能と言われる難解なストーリーで、映画自体も複雑かつ、バロウズの半生も盛り込むなど容易には理解できない構成になっている。あえて解釈するなら、主人公のリーは作家になるという望みどおりの人生を送ることができておらず、インターゾーンはいわば彼の現実逃避のような場所として捉えることもできる。そこでは巨大なゴキブリに変身するタイプライターを使って文章を書き続け、またタイプライターを巡る争いも繰り広げられるなど、作家が創作意欲をはぐくむ場所なのかもしれない(劇中でリーが書き上げた報告書が「裸のランチ」として出版されることが決定する)。『ザ・ブルード/怒りのメタファー』以降、『ロード・オブ・ザ・リング』(01)などでアカデミー賞作曲賞に輝いたハワード・ショアが、ほとんどのクローネンバーグ作品の音楽を担当しているが、本作で彼が試みたのはジャズ。サックス奏者のオーネット・コールマンも迎えた即興的な音楽が本作の世界観ともマッチしている。
【6】盟友ヴィゴ・モーテンセンとの共鳴と実力派俳優たちによる競演
『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』で主演を務めるモーテンセン。クローネンバーグ作品には『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(05)で初めて出演し、『イースタン・プロミス』(07)、『危険なメソッド』に続いて本作が4度目のタッグとなる。また、モーテンセンの初監督作品『フォーリング 50年間の想い出』(20)にもクローネンバーグが肛門科医の役でカメオ出演するなど、お互いに優れたアーティストという共通点を持つからか共鳴する部分が多いようだ。
今回の特集には『危険なメソッド』がラインナップされているのだが、本作でモーテンセンが演じているのは高名な心理学者のジークムント・フロイト博士。物語は若き精神科医のカール・グスタフ・ユング(マイケル・ファスベンダー)が勤める病院に、重度のヒステリーを患ったロシア系ユダヤ人のザビーナ・シュピールライン(キーラ・ナイトレイ)が運び込まれるところから始まる。ユングはフロイトが提唱する“談話療法”を試みたことで、ザビーナが抱えるトラウマが明らかになるなど症状は改善されるのだが、治療のなかで彼女に魅了され始め、やがて妻子がいる身ながら一線を越えてしまう。一方、尊敬していたフロイトとの対面も果たし、彼と師弟関係のような絆も結ばれるのだが、ザビーナとの関係を巡って対立が起き、袂を分かつことに…。
心理学に関する高尚な会話劇が劇中で何度も交わされ、言っていることがわかるようでわからない、ハードルの高さも感じてしまうが、一番の見どころはモーテンセンとファスベンダー、ナイトレイによる演技合戦だろう。冒頭でのヒステリーに苦しむザビーナを、顔の形が変形するぐらいの全力投球で熱演するナイトレイには圧倒されてしまうはず。また、フロイトとユングが初対面を果たすシーンでは、悪気はないものの不躾な言動を取る若干空気が読めないユングに対し、フロイトが微妙に顔をこわばらせて一瞬空気が凍りつくなど、結末を知ったうえで観返すと登場人物の微妙な心情の変化にも気づかされる。
モーテンセンはインタビューなどで、クローネンバーグの撮影現場における俳優たちへの細かい気配りをたびたび絶賛しており、そうした土台作りがあるからこそ、俳優たちも自由に役に入り込むことができるのかもしれない。『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』には、ソールのパートナー役でレア・セドゥ、2人に接触する政府の秘密機関「臓器登録所」の職員役でクリステン・スチュワートが出演しており、『危険なメソッド』とは異なる“三角関係”でどのような化学反応が起きているのか、こちらも注目したいポイントだ。
バイオレンスなホラー描写だけでなく、文学や医学、科学といった教養の深さを感じられるところもクローネンバーグ作品の魅力。そのおもしろさは鑑賞回数を重ねるごとに増していくので、配信で繰り返し観ることができる「スターチャンネルEX」での特集企画はファンとしても願ったり叶ったりだ。また、映画専門チャンネル「スターチャンネル」でも、『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』公開を記念して8月、9月と2か月連続で「鬼才デヴィッド・クローネンバーグ特集」を放送。『ビデオドローム』(82)など「スターチャンネルEX」のラインナップにはない作品も視聴できるので、最新作『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』に向けても、その深淵なる世界を何度も咀嚼してほしい。
文/平尾嘉浩
「鬼才デヴィッド・クローネンバーグ特集」
Amazon Prime Video チャンネル「スターチャンネルEX」にて一挙配信中
配信中作品: 『シーバース/人喰い生物の島』(75)、『ザ・ブルード/怒りのメタファー』(79)、『ファイヤーボール』(79)、『戦慄の絆』(88)、『裸のランチ[4Kレストア版]』(91)、『危険なメソッド』(11)
「鬼才デヴィッド・クローネンバーグ特集 PART1」
【放送情報】
[STAR2 字幕版]8月11日(祝・金)~8月16日(水) 毎日21時~ 1作品ずつ・6日連続放送 / 8月26日(土)~8月27日(日) 毎日13時30分~ 3作品ずつ・2日連続放送
【放送作品】
『イースタン・プロミス[R-15指定版]』(07)、『ビデオドローム』(82)、『スキャナーズ』(81)、『ザ・ブルード/怒りのメタファー』(79)、『裸のランチ[4Kレストア版]』(91)、『シーバース/人喰い生物の島』(75)
詳細はこちら
「鬼才デヴィッド・クローネンバーグ特集 PART2」
【放送情報】
[STAR1 字幕版]9月1日(金)21時~ 全1作品
[STAR2 字幕版]9月2日(土)~9月5日(火) 毎日21時~ 1作品ずつ・4日連続放送 ほか
【放送作品】
『ザ・フライ』(86)、『戦慄の絆』(88)、『クラッシュ[R15+指定版]』(96)、『危険なメソッド』(11)、『ファイヤーボール』(79)
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