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『さらば、わが愛 覇王別姫』が変えたアジア映画の潮流、世界を魅了した華麗な映像美

コラム

『さらば、わが愛 覇王別姫』が変えたアジア映画の潮流、世界を魅了した華麗な映像美

歴史背景をパーソナルな物語に凝縮し、普遍性へ昇華させたカイコー監督の美学

さらば、わが愛 覇王別姫』は1924年、多指症の小豆子が母親に連れられて、孤児たちが集う京劇の俳優養成所に入門するところから物語が始まる。厳しい指導と激しい折檻を受けながら芸を叩き込まれる小豆子は、自分を支えてくれる先輩の石頭に特別な感情を抱くようになる。やがて2人は成長し、小豆子は蝶衣として、石頭は小樓として京劇界のトップスターへと上りつめる。

しかし日中戦争の最中である1937年に、小樓が娼婦の菊仙と結婚したことがきっかけで蝶衣と小樓の関係は変わりはじめる。堕落していく小樓と、アヘンに溺れていく蝶衣。やがて時代は移り変わり、立ち直った蝶衣は再び舞台に立つようになるのだが、今度は文化大革命という大きな波が迫る。京劇は弾圧の対象にされ、やがて蝶衣と小樓、菊仙の人生も呑み込まれていくことになる。

本作が日本に最初に紹介された第6回東京国際映画祭の記者会見で、カイコー監督は本作のことを「中国の文化、社会、人の映画」であると語っていた。その言葉通り、戦時から戦後、そして時代ががらりと変わる文化大革命にいたるまでの激動の50年史が丁寧な時代考証をもって綴られていく一方で、この映画はあくまでも“歴史映画”ではなく“人の映画”としての見せかたを崩さない。

蝶衣と小樓の2人を軸に、50年の歴史が紡がれていく
蝶衣と小樓の2人を軸に、50年の歴史が紡がれていく[c]1993 Tomson(Hong Kong)Films Co.,Ltd.

その時代に“なにが起きたのか”は物語の前提を作る要素の一つに過ぎず、主人公たちがそれを“どう受け止め”、“どう影響され”、そして“どう生きたのか”というパーソナルな部分を積み重ねていくことで3時間に近い壮大な物語が構築されていく。それゆえ、時代背景を示すわかりやすい描写といえるものはほとんど描かれていない。歴史映画に限らずとも人間から社会へと過剰に話を膨らませていく映画は多いが、それとは逆のアプローチで、社会や50年という長い歴史を3人の、もっと言えば蝶衣一人に向かって集約させていく。

ちょうど公開された当時は、中国の文化や歴史への関心が世界的にも高まっていた時期であろう。まぎれもなく中国でしか描くことのできない物語を蝶衣という青年のパーソナルな物語に凝縮するように落とし込み、どの時代のどの文化圏にも置き換えることのできる普遍的なものへと昇華させる。悲しみも苦しみもすべて表情一つで語らせ、映像で物語るカイコー監督の美学が徹底的に貫かれたことで、アジア映画は世界と互角に戦えるだけの濃密さを手にしたのだ。


4K版で鮮烈さが増した京劇のシーンは必見
4K版で鮮烈さが増した京劇のシーンは必見[c]1993 Tomson(Hong Kong)Films Co.,Ltd.

それから30年で東アジアの映画界は、伝統的な武侠映画を復活させて世界を魅了した『グリーン・デスティニー』(00)からハリウッドごと巻き込むアジアパワーを見せつけた『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(22)まで進化を遂げた。ひいてはコロナ禍の2020年に中国がアメリカを上回る年間興収をあげて世界トップの映画市場となった。そうしたアジア映画を取り巻く外的な要因が変わったいま、あらためて4K修復された美麗な画面で『さらば、わが愛 覇王別姫』を観ると、初見時とはまるで異なる映画に見えてくる。

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没後20周年にあわせ、香港の映画雑誌「電影雙周刊」発行の関連書籍4冊を再編集した日本特別版のメモリアルブックも発売中

良くも悪くも時代の移り変わりによって見えかたが変わってしまうのは、映画というメディアの宿命である。そしてなにより、レスリー・チャンがこの世にもういないという事実も避けては通れない。それでも当然のように艶やかな京劇の演目シーンに、ただただ美しいレスリーの表情と所作。この4K版を観ると、映画には永久不変のものがあるのだと気付かされることだろう。

『さらば、わが愛 覇王別姫 4K版』は公開中
『さらば、わが愛 覇王別姫 4K版』は公開中[c]1993 Tomson(Hong Kong)Films Co.,Ltd.

文/久保田 和馬

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