御年80歳、デヴィッド・クローネンバーグが振り返る“原体験”「サナギと成虫は同一の存在なのか考えていた」
『クラッシュ』(96)、『イグジステンズ』(99)、『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(05)などを手掛け、数々の受賞歴と共に物議もかもしてきた映画作家、デヴィッド・クローネンバーグ。カナダの巨匠であり鬼才、時には生理的嫌悪感を覚えかねない過激な描写で“変態”とも称されるクローネンバーグの最新作が『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』(8月18日公開)だ。完成までに実に20年以上を費やし、第75回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品されると退席者が続出したという賛否両論の問題作。間近に迫った本作の日本公開に向けて、クローネンバーグへのオンラインインタビューを実施。クリエイティビティの原体験や主演を務めた盟友ヴィゴ・モーテンセンとの共鳴、現在の映画界を取り巻く環境についての私見も語ってもらった。
物語の舞台はそう遠くない近未来。人類は進行し続ける環境破壊に適応するように進化し、生物構造的な変容を遂げて“痛み”を克服していた。“加速進化症候群”のアーティスト、ソール・テンサー(モーテンセン)は自らの体内で新たな臓器を生みだすことができ、それをパートナーのカプリース(レア・セドゥ)が公開手術で切除するという過激なパフォーマンスが熱狂的な支持を得ている。しかし、そんな状況を各国政府は危険視しており、人類が誤った進化をしないように監視を強めるため秘密機関「臓器登録所」を設立。そしてソールのもとに、生前プラスチックを食べていたという少年の遺体が持ち込まれることで物語は動きだす。
「アテネの風景をありのままに使いながら、街の情緒をうまく生かすことができた」
クローネンバーグは本作の脚本を1999年時点ですでに書き上げていた。そこから映画化にいたるまでに20年間も温めていたわけだが、詳細なストーリーについてはほとんど変更されていないという。
「映画化にあたり、久しぶりに脚本を読み返したのですが、その時はまるで他人が書いたものに感じられました。20年以上も経っているので、かなりブラッシュアップしないといけないんだろうなと思っていましたが、実際にはそんな必要はなかったです。現在、世界中の人々が様々な社会問題を意識するようになっています。例えば、海洋汚染により、あらゆる人々の体内にはマイクロプラスチックが入り込んでしまっています。その状況を見て、この映画を作ることがこれまでになく説得力を持つ時だと実感しました。この20年でテクノロジーも凄まじい進化を遂げているし、世の中もすごく変わっている。この作品には現代性を帯びた物語があり、メイクセンスしているのです」。
物語の冒頭、プラスチックを食べていた少年が、息子を怪物視する母親によって殺されるショッキングなシーンが映しだされる。劇中では、プラスチックを食べるように進化した人類によって作られた地下組織が登場し、取締を強化する政府との攻防が描かれていく。そんななか、亡くなった少年の父親であり地下組織に所属している男がソールに接近し、公開手術で息子の体内を公にしてほしいと依頼する。このように、環境問題とそれに伴う人体への影響は本作の中軸となるテーマになっている。一方、プロット以外のところでは変更を余儀なくされた箇所もあったようだ。
「脚本の時点で想定していたヴィジュアルどおりになっていない箇所があるのは確かです。物理的な問題もありますし、キャスティングした役者もそれぞれ違う持ち味を役にもたらすので、そういう意味でも変化が生まれます。特に構想から大きくズレたのはロケ地でした。元々はトロントで撮影をするつもりでしたが、最終的にはギリシャのアテネで撮ることになりました。ただ、これは結果的にすごくよかったです。アテネが持つ独自の都市文化や退廃感というものに抵抗することなく、作品に吸収させ取り込んでいくことができたからです。トロントの歴史は300年ぐらいですが、アテネは4000年、5000年という歴史を紡いできた都市です。その風景をありのままに使いながら、街の情緒をうまく生かすことができたと思います」。
「意外にも関連性が多くて私自身も驚いています」
『シーバース/人喰い生物の島』(75)で劇場映画デビューする以前にクローネンバーグは、『クライム・オブ・ザ・フューチャー 未来犯罪の確立(原題:Crimes of The Future)』(69)という実験的な中編を撮っている。最新作と同じタイトルが付けられ、同作もまた近未来が舞台で、未知のウイルスを研究する機関や人体の変容も描かれるなど、いくつかの類似点も見られる。両作にはどのようなつながりがあるのだろうか?
「“つながり”と言えば、未来犯罪を描いたもの、というぐらいしか思い浮かばないですね(笑)。テクノロジーと共に人類が進化し、文化も変わっていくなかで、犯罪と定義づけるものはなにか?禁忌とはなにか?というテーマが、いずれの作品でもベースになっています。ただ、言われてみると意外にも関連性が多くて私自身も驚いています。例えば、どちらにも人体のいろいろな部位がガラス瓶に保存されているシーンが出てきますが、50年以上も隔てた作品同士でこのような共通項が見られるのは、私の頭の中にその光景がこびりついているからなんでしょうね」。
これまでに手掛けてきた作品でも、人体の肉体的な変化、精神的な変化を描いてきたクローネンバーグ。こういったテーマの原体験はどこにあるのだろうか?「子どもの頃から生物の営みに興味がありました。特に虫に。虫は様々なステージで“変容”を遂げます。有名なのは蝶ですね。卵から毛虫が生まれて、サナギになって、最終的に蝶になる。こういったものをよく観察し、サナギと成虫のアイデンティティについて考えたりしていました。これは同一の存在なのか?と。それが原体験と言えるのであれば、原体験なんでしょうね。そういったことが発端となって、地球上に生きる様々な生物に対して、興味を持つようになりました」。