すぐにもう一度観たくなるほど、どうしようもなく好きになってしまう映画…『星くずの片隅で』を作家・松久淳が語る!
全国11チェーンの劇場で配布されるインシアターマガジン「月刊シネコンウォーカー」創刊時より続く、作家・松久淳の人気連載「地球は男で回ってる when a man loves a man」。今回は、万人うけはしないけれど、どうしても好きになってしまうと語る『星くずの片隅で』(公開中)を紹介します。
語るトピックは少ないけど、とても好きだと思える映画
公開規模も小さい作品だし、語るうえでの「トピック」も少ないし、万人に薦めるかというと話の合う人にしか教えないけど、たまにどうしようもなく好きになってしまう映画があります。
というわけで今回の『星くずの片隅で』もそんな1本。
2020年、コロナ禍で様々な店や施設が閉店している香港。一人、清掃業を営むザク。車の修理代もなく、コロナ禍で洗剤も品薄。家では高齢の母がマスクを干して使いまわしてる。
そんなザクのもとにシングルマザーのキャンディが仕事をしたいと現れる。家賃は滞納しているが、娘のジューと2人、健気に生きている。しだいに清掃の仕事にも慣れてくるが、盗癖のあったキャンディは金持ちの客の家からマスクを盗んでしまい…。
前にも、昨今のカンヌ国際映画祭のパルム・ドールは『わたしは、ダニエル・ブレイク』『万引き家族』『パラサイト 半地下の家族』と、貧困層を描く映画が続いてると書きましたけど、本作もその流れの中にあるかもしれません。誰も知らない、市井の底辺でもがく人々の物語。
ただ、あらすじだけ書き抜くと暗く重くシビアな話なんですが、実は明るくポップな映画でもあったりするのです。
まず色彩、アングル、カメラワークがすべておしゃれ。人々が家にこもっている香港の街並みがとにかくスタイリッシュ。明け方の屋上のシーンなど美しすぎて泣きたくなったくらいです。ここまで香港自体の描写にぐっときたのは『恋する惑星』以来かも。
そしてなによりも、キャンディのキャラクターとファッション。つらい生活のことなど顔に出さず、清掃着を着込むのに毎シーン服もアクセサリーもヘアスタイルもカラフルでおしゃれ。娘のジューも負けず劣らずのかわいさ。
「生活に困ってるシングルマザーはそんな余裕なんかない」と言ってしまえばそれまでですけど、ちゃんとミシンが上手で母娘ともコスプレ好きという設定を入れてるのもうまい。
2人が暮らすのは窓もない狭いアパートなんですけど、そんな息苦しさを忘れるかわいさ。ジューが描いた窓と外の景色の絵を飾るくだりなんて、愛おしすぎます。
でも、だからこそたまに厳しい現実を突き付けられると、その必死の努力との落差で、より心がぎゅーっとせつなくなってしまう。そして、ずっと涼しい顔をしていたキャンディが、ついに本心を思い切り打ち明けるシーンがすごく響くのです。
私、そこでおろおろ泣いてしまいました。
しかし、お涙頂戴にならず、あくまでもさらっと描いてるのがいいのです。
ザクは仕事で決定的な窮地に陥って、3人の関係もそのせいで変わってしまいます。でもここもいいのが、奇跡のような大逆転があるわけでもなく、涙の再会や急に恋仲になったりするわけでもなく、つらい状況の中でほんの少しのいいことがあったり、付かず離れずの、しかし温かい関係が続いたりと、押し付けがましくない。
こう書いてるだけで、すぐにもう一度観たくなってしまいました。きっと、観た方は同じ気分になると思います。
文/松久淳
■松久淳プロフィール
作家。著作に映画化もされた「天国の本屋」シリーズ、「ラブコメ」シリーズなどがある。エッセイ「走る奴なんて馬鹿だと思ってた」(山と溪谷社)が発売中。