脚本づくりに1年半…“巨匠”山田洋次が90本目の監督作『こんにちは、母さん』に捧げた並々ならぬ想い

インタビュー

脚本づくりに1年半…“巨匠”山田洋次が90本目の監督作『こんにちは、母さん』に捧げた並々ならぬ想い

日本映画界を代表する巨匠、山田洋次監督の90本目の監督作となる最新作『こんにちは、母さん』(9月1日公開)。主演を務める吉永小百合や大泉洋らキャスト陣が、山田監督らしさのなかに“新しさ”を感じられる作品と口をそろえる本作の舞台裏について、山田監督と共同脚本を務めた朝原雄三からの証言を独占入手した。

永井愛の同名戯曲を映画化した本作の舞台は、東京の下町。大企業の人事部長として神経をすり減らす毎日を送っていた神崎昭夫(大泉)は、久しぶりに母の福江(吉永)が暮らす実家を訪れる。いきいきとした様子で暮らす母が恋愛までしていることを耳にし、戸惑いを抱える昭夫だったが、あたたかい下町の住民やこれまでと違う母の姿に、次第に見失っていたことに気付かされていく。

“理想化された女性”とは異なる新たな吉永小百合の姿が
“理想化された女性”とは異なる新たな吉永小百合の姿が[c]2023「こんにちは、母さん」製作委員会

山田監督のもとで助監督や監督助手として「男はつらいよ」シリーズなどの制作に携わり、「釣りバカ日誌」シリーズでは監督も務めるなど、“山田組”を長年支えてきたスタッフの一人である朝原。「男はつらいよ」での3本と『母べえ』(06)、『おとうと』(10)、『母と暮らせば』(15)で山田監督作品に出演してきた吉永について「それぞれシチュエーションは違っていても、どこかで理想化された女性を演じられ、それがまた魅力であったと思います」と語る。

「本作では、たとえば老いらくの恋にはしゃいでみたり、突然の失恋に落ち込んだり、お酒に酔って将来への不安を愚痴ってみせたりと、息子のなかで理想化された老母を裏切ってしまう母親役であったことが、吉永さんに対する演出に新味を加えたのかもしれません」と、これまで吉永が演じてきた女性とは異なる雰囲気のキャラクターに仕上がっていることを振り返った。

大泉洋演じる昭夫が久しぶりに実家に帰ると、吉永小百合演じる母親がこれまでとは違っていて…
大泉洋演じる昭夫が久しぶりに実家に帰ると、吉永小百合演じる母親がこれまでとは違っていて…[c]2023「こんにちは、母さん」製作委員会

そうした吉永の役柄をはじめ、本作には山田監督の並々ならぬ想いが込められている。それを示すように、脚本づくりには約1年半もの歳月を要したという。「息子にとって母親とはなにか。母親にとって息子とは。家族とは、会社とは、地域共同体とは。そんな問いに対する答えを、劇映画として物語のかたちで出さなければいけないとどこかで気負っていたのが、脚色でありながらも脚本づくりに長い時間がかかった原因のように思います」と、朝原は自身の考えを明かす。

そして、山田監督が手詰まりの状況から抜けだせたのは、ある巨匠の存在が大きく影響していたのではないかと分析を進めていく。「ここ数年来の山田さんのお手本である小津安二郎監督の脚本を引っ張り出し、DVDを再生しながらカット数を数えたり、シーンごとの尺を計ってみたり。そんな映画学校の学生のようなことを監督はされていました。そうするうちに、登場人物たちの心情をしっかりと掴んで表現する、それで一本の映画ができるのだと、原点に返るようになにか覚悟を決めたのが、脚本を決める大きな契機になったような気がします」


【写真を見る】まるで映画学生のよう?山田洋次監督が“覚悟”を決めるために観たのは、あの巨匠の映画だった
【写真を見る】まるで映画学生のよう?山田洋次監督が“覚悟”を決めるために観たのは、あの巨匠の映画だった[c]2023「こんにちは、母さん」製作委員会

60年以上日本映画界の先頭を走り続け、90本目の監督映画となる91歳の巨匠が、原点に立ち返りながら真摯に作品づくりと向き合って完成した本作。あたたかく優しい物語を通して、山田監督が現代を生きる人々に向けた強い想いを感じられることだろう。

文/久保田 和馬

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