「この映画は私自身を描いた物語」『ホーンテッドマンション』監督が明かすルーツと、こだわり抜かれた制作舞台裏
「私のDNAに流れているあの文化には、矛盾を享受する精神が宿っています」
シミエン監督は、家族旅行で訪れたディズニー・ワールドで、人生を変えるアトラクションに出会った。「ある2つの出来事が私のトラウマになりました。1つはスペースマウンテンで、母が手で私を目隠ししたまま文字通り助けてくれと神に向かって叫んだこと。もう1つは、ホーンテッドマンションの終盤で鏡に映ったゴーストがヒッチハイクしてきて私に憑りついたまま一緒に家まで帰るのではないかと見えたことです。8歳の私には、それがトリックだとわかりましたが、どういうトリックなのかまではわかりませんでした。そのあと何年も私はあのゴーストが現実の世界でもまだ私に憑りついたままかも、と考えたりしました」と告白。
「大学在籍中には、夏休みにキャストメンバーとしてあのパークのライドでバイトをしましたが、当時の私にとって、ディズニーの魔法は、フィルムメイカーになりたいという大志と切っても切れない関係にありました。“ホーンテッドマンション”や“カリブの海賊”に乗ると、そこで目の当たりにするディテールへの徹底的なこだわりとストーリーへの没入感に鳥肌がたち驚嘆しました。自分の映画でまったくこれと同じ驚嘆や畏敬の念をどうやったら作り出せるのだろうかと自問したものです」。
さらに「宿縁はそれだけに留まりません」としたうえで「私は『ホーンテッドマンション』の物語に心のつながりを感じただけでなく、舞台設定に使われた場所にも深いつながりを感じました。私の母方にあたる家族の本拠地はルイジアナで、私はブラック・クレオール文化に囲まれて育っています。ニューオリンズのような土地の文化的基盤は、細胞レベルで理解できます」と語る。
「私は、この映画を監督することが決まったあと、創作上の強い希望をたくさん出しましたが、そのなかでなによりも最優先だったのは、黒人の主役を据えることでした。舞台となるニューオリンズでは80パーセントが黒人です。黒人の地元で、他者と仲良くすることを学ぶ白人の科学者の映画を作ることなど不可能です」。
そして「主人公だけでなく、文化的に真実味のある描き方で、ニューオリンズの世界を描くことが必要でした」と述懐。「歴史的にニューオリンズはアメリカで最初に黒人や原住民が自由に暮らして富を築けた土地の1つです。アトラクションのデザインを探求してみると、そこに黒人の存在を示す品物がないことが印象的で、正直、ウォルト・ディズニーの意図とは違う屋敷だったのではないかと思わされました」と指摘する。
「英国の王族やローマの首長たちやミイラまでうろついているのですから、黒人だっているべきでしょう。今回の映画版では、この屋敷のそもそもの所有者のウィリアム・グレイシーを、19世紀のニューオリンズにいた裕福な黒人クレオールの1人として描いています。オルガン弾きのヴィクター・ガイストはファッツ・ウォーラーをヒントにしたキャラクターです。ワルツを踊る者たちだけでなく、リンディ・ホップを踊る者たちや、カンカンダンスを踊る女性たちや、何世紀も前の謝肉祭パレードの人たちが登場します」。
「もっとも大きな効果を持つのは、演者たちが提供するカリスマ性や化学反応です」
監督は、文化的な設定を強調するだけでなく、あのオリジナルのアトラクションが持つ魅力を保つこと、VFXだけではなく、アナログな技術も説得力を持たせるために重要だと感じたそう。「もちろん私たちは最新鋭のデジタル効果を駆使していますが、デジタル空間で起こっている出来事のようには決して感じられない映画にすることが重要でした」と言う監督。
「そこで私たちは、このセットを組み上げました。普通の色と“ゴーストの世界”の色の両バージョンで作られた巨大な屋敷の屋内もそうですが、VFXに頼ることなく、2つの異なる空間にリアルタイムで出演者たちと一緒に身を置くことができます。セットの下にレールを敷いて、椅子がまるで“ゴーストに引かれて”動くようにしたり、スタッフにフィラメントを持たせてミステリアスに浮遊する物体をたくさん家中に描いています。ゴーストのほとんどはコスチュームを着せて特殊メイクを施した人間をワイヤーに吊るしたりして物理的に撮影し、その映像をのちにデジタルで向上させています。こうすることで生者も死者も含めてそれを演じる出演者同士が本当の意味で相互作用しあうことができました」。
また、「もちろん、どんな映画であっても、もっとも大きな効果を持つのは、演者たちが提供するカリスマ性や化学反応です」とも語る。「映画を本当の意味で生き生きさせるためには、この作品のように壮大な映画に必要とされるスター性があるだけでなく、適材適所で引き立て合ったりコントラストを出し合うアンサンブルコメディキャストを作り上げることが必須です。息がぴったりあったジャズバンドのように、全員がそれぞれ個々のサウンドを出しながら、とても独創的なものをお互いに作り上げてゆくのです。その結果として、おそらく名作ファミリー映画となる作品ができあがりました」と手応えを口にする。
最後にシミエン監督は「あのアトラクションと同じく、この映画もまた観客のみなさんにちょっとしたマジックトリックを仕掛けることができていることを願っています。なぜならこの映画は人々を笑わせて現実逃避させてくれるものであると同時に、私たちの心のなかにある死や悲しみに対する恐れと向き合えるよう、私たちを変えてくれるかもしれないものなのですから」と締めくくった。
構成・文/山崎伸子