シリアスとエンタテインメントの高次元での融合!『BAD LANDS バッド・ランズ』のおもしろさを編集部員が分析
直木賞作家、黒川博行が綿密な取材に基づき、執筆した傑作小説「勁草」を、『クライマーズ・ハイ』(08)などの名匠、原田眞人監督が映画化した『BAD LANDS バッド・ランズ』(公開中)。特殊詐欺という現代の犯罪を扱いながら、スリリングなエンタテインメントとして作り上げられたこの注目作が、いよいよ公開される。特殊詐欺グループの一員である主人公ネリを演じるのは、いまや日本映画界を代表する女優である安藤サクラ。狂気を孕む、その弟ジョーには『燃えよ剣』(21)に続いて原田作品に出演する山田涼介。生瀬勝久や宇崎竜童、天童よしみらクセ者たちが脇を固める。まさに鉄壁の布陣だ。
舞台は大阪・西成。特殊詐欺チームに身を置く女性ネリの前に、出所した異父弟のジョーが戻って来る。チームの元締めに、弟を雇ってほしいと頼み込むネリ。しかし、大胆不敵なことを思いつき、実行するジョーの暴走によって彼女の人生は揺さぶられ、やがて決断の時がやって来る。親子の葛藤や兄弟愛、仲間との信頼といったドラマを織り込みつつ、緊迫の犯罪劇が展開。日本のいまとも重なる、社会の底辺で生きる人々の現実を描きながらも、大阪という土地柄ならではのテンポ感で物語は軽快に進行していく。見応えたっぷりの本作の魅力を、「月刊シネコンウォーカー」編集長の佐藤英樹、「MOVIE WALKER PRESS」編集長の下田桃子、同編集部員の別所樹が語り合う。
「安藤サクラさんの上着を羽織るとか、腰かけるとか、ちょっとした生活の仕草がいい」(下田)
佐藤英樹(以下、佐藤)「いやー、おもしろかった!画の雰囲気は重厚そうだけれど、ちゃんとエンタテインメントになっているし、特殊詐欺の犯行場面や主人公の置かれた状況の危険さはスリリングですが、関西弁のセリフからくる軽い空気も節々にあってよかったね」
下田桃子(以下、下田)「セリフの掛け合いでいうと、ネリとジョーはかなりヤバい状況に置かれているにもかかわらず、2人で悠長にしゃべっているシーンが多いですよね。めちゃくちゃお姉ちゃんっぽい姉と、弟っぽい弟の会話が繰り広げられるところにほっこりしました。一方で、のちに重要になるキャラクターがしばらく出てこなかったりと、時間の使い方が上手いなあと感じます」
別所樹(以下、別所)「どこか漫才っぽいですよね。私は冒頭のテンポの早さに、“ついて行けるかな?”と心配だったのですが、映像やセリフで伝えられる情報がきれいに整理されていたので、キャラクターの立場や状況がすんなり頭に入ってきました」
下田「そして、やはり安藤サクラさんは目で追ってしまいますね。上着を羽織るとか、つと椅子に腰かけるとか、ちょっとした生活の仕草がいい」
別所「安藤さんは、そういう“仕草で魅せる”ことができる女優ですよね。それでいてかっこいい。特に同性は、そう感じるんじゃないでしょうか。走るシーンもよかったです」
佐藤「あのヘアスタイルも含めて、安藤さんから衣装の提案もあったみたいです。役にハマった衣服を身に着けることで体が勝手に動きだし、演技が自然になってくる、そんな感覚が彼女のなかに芽生えたらしいです」
下田「ゆらっと身体を揺らしたかと思ったら、ギュンっと走りだすような。“一人緩急”な女優というか、その変化や瞬発力に惚れ惚れします。今回のネリ役も、“やるしかない”と腹をくくった時の判断能力や手際のよさが求められる役なので、観ていて気持ちよかったです」
佐藤「主演女優なのに、無理に前に出ようとしない。最近だと是枝裕和監督の『怪物』で演じた母親役もそうだったよね。“その境遇にいたら、そう思うだろうし、そうするだろう”ということを、大袈裟に演技しなくても伝えてしまう」
別所「どの映画でも、その役における“自然体”を表現していますね。なかなかできることじゃないと思います。それに裏打ちされているから、彼女が演じたネリというキャラクターがカッコよく見える。突発的な出来事に追い詰められてしまった際のショック状態から、“よし、やるか!”と次の行動に移る切り替えの早さ。あれは誰もが手にしたい能力ですよね。状況を素早く理解して、そこからどう最善の方向に持っていくか、それを判断する力が私も欲しいです(笑)」
佐藤「ネリに求められているキャラクターは、“生きづらいを生き抜く”ことなんですよね。原作の主人公は男性だけれど、映画で女性に変えたことで“生きづらさ”が強調されていたように思います」