“関西弁フィルム・ノワール”の魅力はロケ&セットにあり!『BAD LANDS バッド・ランズ』舞台裏はトリビア満載
第151回直木賞受賞作「破門」や、「後妻業」などの作家、黒川博行の同名小説「勁草」(けいそう)を、『検察側の罪人』(18)や『関ヶ原』(17)などの原田眞人監督が、安藤サクラや山田涼介を迎えて映画化した『BAD LANDS バッド・ランズ』(公開中)。本作のメインステージは大阪だが、撮影における自由度を重視し、滋賀県の彦根にその一角を再現した。本稿では、原田監督が随所に細かなこだわりをちりばめた、ロケ地や美術セットの魅力をひも解いていこう。
『百円の恋』(14)や『万引き家族』(18)で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞した安藤は、原田組初参加となった本作で、特殊詐欺を生業とする主人公、ネリ役を熱演。ネリの弟ジョー役には『燃えよ剣』(20)以来の原田作品となった山田。ある日億を超える大金を手にした姉弟が様々な巨悪に狙われる様を描く本作では、宇崎竜童、生瀬勝久、吉原光夫、江口のりこ、天童よしみ、大場泰正、淵上泰史、サリngROCKら一癖も二癖もあるキャスト陣の怪演ぶりも見ものだ。
原作小説「勁草」は、詐欺犯の詳細な手口と、卑劣な犯罪を追う大阪府警特殊詐欺捜査班の刑事たちの地を這う捜査を描いたクライムノベルで、刊行後、問題作として大きな話題を呼んだ。かねてより特殊詐欺の被害が横行する日本社会の実情に興味を抱いていた原田監督は、フィルムノワール的要素も含んだ小説に夢中となり「小説が出た2015年にすぐ読みました。その時、特殊詐欺がちょっとしたニュースになり始めたころで、道具屋や名簿屋など、それらの犯罪グループの分業的なプロセスがすごくおもしろかったんです」と振り返り、のちに「実に刺激的な読書体験だった」とまで語っている。そしてその“刺激”は『BAD LANDS バッド・ランズ』の映像にも大いに還元されている。
まるで町全体がオープンセットのようだったロケ地、彦根
大阪・西成を舞台とする本作。大阪市内でも受け子の追跡シーンなど一部ロケが敢行されたが、彦根に建てられたセットでも、数多くのシーンが撮影された。本作の鍋島壽夫プロデューサーは『関ヶ原』や『燃えよ剣』などの作品を通じ彦根との親交が厚く、フィルムコミッションの協力のもと、町全体をオープンセットのように使ったロケ撮影を実現させた。
例えば、西成の三角公園を意識したスラム街は、「彦根銀座」と呼ばれる商店街裏の駐車場に展開。日雇い労働者らが集まる「寄せ場」での撮影には、多くのエキストラが参加した。原田流エンタテインメントには欠かせない群衆演出を味わえるシーンといえば、ほかにも特殊詐欺の掛け子が集まる事務所と、そこへ大阪府警が突入するシーンがある。
滋賀銀行旧彦根支店跡の地下を飾り込んだ薄暗い事務所の壁には、戦前のようなスローガンがべたべたと貼られ、撮影現場もさぞ「蟹工船」的にブラックな環境かと思いきや、いざキャストが現場入りして芝居が始まると、生き生きとした関西弁の応酬が飛び交う現場に変貌。
ネリの上司のような立場である、高城役を演じる生瀬勝久が、ひときわ大きな喝を入れる。掛け子や警官役の役者には監督自ら「ここ、なにかいい台詞ない?」と尋ね、彼ら本人から出てきたアイディアに対してまた生瀬がアドリブを被せるという、部屋の薄暗さとは裏腹にエネルギッシュな空間となった。まるで高度に管理された犯罪組織のチームプレイを見ているかのように、強烈な熱量を発する現場となったようだ。
セット内には原田監督作品へのセルフオマージュも!
ネリとジョーらが集うビリヤード場「BAD LANDS」は、ネリたちが戦場へ出ていくために英気を養う場としてイメージされた。店舗はもともとブティックだった物件を居抜き、壁の時計は映画『ハスラー』(61)でクローズアップされた時間をモチーフに、美術スタッフの金勝浩一が用意したものだ。『ハスラー』にはミネソタ・ファッツというビリヤードプレイヤーが登場するが、「BAD LANDS」のオーナーはプロバスケットチーム「ミネソタ・ティンバーウルブス」のファンという設定になっているのもニクイ。ちなみにカウンターで、上からケトルを吊り上げるシステムは、原田監督のデビュー作『さらば映画の友よ インディアンサマー』(79)にも登場しているといった、作品をまたいで散りばめられた伏線にも心が躍る。
さらに、闇賭博の賭場シーンのロケ地は、『燃えよ剣』の「池田屋事件」の撮影で使われたオープンセットというから驚きだ。同作に沖田総司役で出演した山田にとっては思い入れのある場所であり、賭場に足を踏み入れたジョーが発する第一声は、それを見込んで書かれた台詞となっている。このファンにはたまらない粋な“匂わせ”は、本編でぜひ確認してほしい。
山田涼介も苦戦!関西弁が飛び交うフィルム・ノワールは“観る刺激物”
また、圧倒的にテンポの速い台詞のやりとりも、原田流エンタテインメントにかかせない要素の一つだ。関西弁での演技が初挑戦だった山田は、クランクインの2か月前から方言指導を受けながら練習を開始したそう。
本作でプロデューサーや編集を務めた原田遊人が、日本外国特派員協会記者会見で「最初に顔合わせをする時から、ほぼすべてのキャストを集めて台本を読むんです。1回目は普通に読んで、2回目はとにかく早く読んでその差をつけてみるというやり方をするので、撮影が始まるころには、役者もずいぶん台詞のテンポが速くなっているはずです」と語っていた。脇を固めた数多くの関西弁キャスト陣のなかで揉まれたであろう山田の”可愛くて危険”な関西弁にも注目したい。
原田監督が「勁草」という問題作を読み受けた衝撃を、見事“関西弁フィルム・ノワール”に昇華させた映画『BAD LANDS バッド・ランズ』。原作を読んでから映画を鑑賞したり、織り交ぜられたトリビアを知ることで、また新たな視点をもたらしてくれるかもしれない。
文/山崎伸子