「生きなきゃと思いました」という10代の感想も。今日マチ子の「cocoon」が、この時代に上映される意義|最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
「生きなきゃと思いました」という10代の感想も。今日マチ子の「cocoon」が、この時代に上映される意義

インタビュー

「生きなきゃと思いました」という10代の感想も。今日マチ子の「cocoon」が、この時代に上映される意義

パフォーミングアーツを中心とした総合芸術祭「東京芸術祭2023」にて、舞台作品のアーカイブ化を推進し、舞台芸術を身近に、そして未来へつなげる活動を行っている「EPAD」による上映会「EPAD Re LIVE THEATER in Tokyo〜時を越える舞台映像の世界〜」が10月11日より開催中だ。

近年話題になった作品から今年上演された最新作まで、舞台作品を超高精細8Kや立体音響などの高品質映像で上映する本イベントでは、藤田貴大率いる「マームとジプシー」を代表する作品「cocoon」の高品質上映も行われる。同名漫画の原作者である今日マチ子に、舞台の映像化への感想や自身の劇体験、マームとジプシーとの製作についてなど“劇”をめぐる様々な話を聞いた。

「EPAD Re LIVE THEATER in Tokyo〜時を越える舞台映像の世界〜」は開催中
「EPAD Re LIVE THEATER in Tokyo〜時を越える舞台映像の世界〜」は開催中宣伝デザイン:六月 宣伝イラスト:芳賀あきな

「寺山修司の演劇には、何度も裏切られました(笑)」

2013年より3度再演を重ねた、マームとジプシーの舞台版「cocoon」。ひめゆり学徒隊に着想を得て描かれた本作は、戦地に赴くことになった女子生徒たちを中心に物語が進む。手を取り合いながら必死に生きようとする彼女たちの姿が、マームとジプシーらしい「リフレイン」や「楽曲」といった幻想的な演出によって、“生きること”を考える機会を与えてくれる2時間半だ。

よく「舞台はナマモノ」という言葉を耳にする。同じ舞台でもその日によって雰囲気が大きく変わり、とくにマームとジプシーは再演のたびにアップデートを欠かさない。「観たなかで『この日がベストだ』と思っても、二度と観られない寂しさがありました。ですが、2022年のベストだと思っていた回が偶然収録され、あの日の自分の心の動きまでもが保存されたようでした」と映像化を喜んだ今日。

映像化された作品を見て、「舞台と変わらない臨場感に驚いた」と話す。「試写会で舞台の関係者や演者と一緒に観たのですが、終わったあとに思わず演者さんに『おつかれさまでした』と声をかけてしまったくらい(笑)、舞台で観たあの瞬間が再現されていると思いました」と振り返る。「恣意的な編集がなく、舞台を観劇するように全体を俯瞰して撮られていたので、観たいものと編集のズレが生じることもありませんでした。あと、その場にいるような高音質の臨場感もあって、いい機材で整えられた映像だとこんなにも作品に没入できるんだと実感しました」と感動体験を話してくれた。


今日マチ子と演劇の関係性を聞くと、もともと観劇は好きだったという。舞台との印象的な出会いは高校生のころまでさかのぼる。「寺山修司の作品を観に行ったことがありました。一番前の座席に座っていたら、強制的に舞台に参加させられて人質役にさせられるという衝撃的な体験をして(笑)。その時初めて、演劇はその場の時間と空間すべてを支配するものだと、実感した記憶があります。懲りずにもう一度、寺山作品を観に行ったんです。今度は同い年くらいの制服の女の子たちがたくさん座っていたので、安心してそのすぐ後ろで観ていたら、突然女の子たちが全員立ち上がって舞台に参加しだして。実は演者さんの一部だったようで、何度も裏切られました(笑)」。

「舞台化によって、自分と一緒に葛藤してくれる人がいることはとても心強かったです」

演劇の世界との不思議な関係は途切れず、大学では舞台を専攻する教授に指導を仰ぐことになり、舞台美術の製作に携わったことも。仕事が忙しくなると舞台を観る時間が取れなかったが、マームとジプシーとの出会いが再び彼女と舞台をつなげた。

センシティブな題材であったため、若くて未来がある人たちを巻き込んでしまう不安もあったが、彼らの存在に支えられたと今日は話す。「フィクションではありますが、過去の資料をたくさん調べ、実話も交えた作品です。『こんなことを描いてもいいのだろうか』と考え込んでしまい、暗闇が怖くて夜の作業ができなくなるほど辛い時期もありました。ですが、舞台化によって、自分と一緒に葛藤してくれる人がいることはとても心強かったです」。

 “リフレイン”と呼ばれる独特の反復が演出上の一つの特徴だ
“リフレイン”と呼ばれる独特の反復が演出上の一つの特徴だ撮影:岡本尚文

彼らの製作過程を側で見てきた今日が感じる、マームとジプシーの魅力とは。「作り方が丁寧で誠実だと思います。大きな舞台に取り掛かる前に、ワークショップをしたり短い演劇のようなものを作ったり、自分たちのできる範囲で小さな試みや実験を幾度も繰り返して、その積み重ねを大きな舞台にする。また、舞台に立つひとりひとりも丁寧に扱うんですよね。役者さんの見た目だけでキャラクターを決めるのではなく、人となりをしっかり作品に反映していると感じます」。そうした誠実な態度は、今日の製作にも影響を与えた。『cocoon』の連載時は常日頃、締切に追われていました。なので、マームとジプシーが時間をかけて対話し、作品を読み解き、“自分たちのものにしていく”というプロセスを見て、私もそういう作り方をしたいと思いました。ライフワーク的にずっと考えて、手の届く範囲で作り上げていくような創作に憧れます」。

3度目の「cocoon」の上演はコロナ禍だった。時代と呼応するように作品の持つメッセージや重みが変化するなかで、今日は2022年の本作をどう見たのだろうか。「10年という時の流れのなかで幾度も困難にぶつかり、藤田さんをはじめそれぞれの人間としての深まりが舞台に現れていたと思います。当時は演劇そのものの存在が危ぶまれ、売れっ子の仕事がなくなったり上演できなかったり、ときに悪者にされてしまうことも。その時期はみんなが傷ついていました。ほかにもウクライナの戦争など、自分たちだけではままならない事態があることを目の当たりにしたことも大きいかもしれないです」と当時を振り返る。

 初演の2013年以来、10年間にわたって沖縄と向き合ってきたマームとジプシー
初演の2013年以来、10年間にわたって沖縄と向き合ってきたマームとジプシー撮影:岡本尚文

上演時のインタビューで、今日は「肉体的に人が傷つかない状況は起こらないのではないか、という感覚から一変した」と語った。戦争平和教育の一環と捉えられがちだった本作が投げかける問いは、切実さを帯びたものになり、作品のあり様はずいぶんと変わったのではないだろうか。「たしかに、漫画を描き上げた当初とは随分と受け取られ方が変わりました。2回目の再演で『これは過去の話ではないのかもしれない』と感じている人がちらほら現れ始め、3回目は確実にいまの話として捉えられていた。嫌な方向への変化ですが、人が傷つかない時代はないんだと認識を改めました」。

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