イ・チャンドン監督の撮影秘話、ハン・ヒョジュの役作り…釜山国際映画祭で披露された映画人の深い話

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イ・チャンドン監督の撮影秘話、ハン・ヒョジュの役作り…釜山国際映画祭で披露された映画人の深い話

釜山国際映画祭(以下BIFF)の醍醐味と言えば、世界の巨匠や豪華俳優陣の話を近い距離で聞けることだ。ステージと観客席という物理的な距離だけではなく、映画人の深いエピソードが明かされる時間が設けられている。今回は、今年のBIFFで特に印象的だったスペシャルトークの模様を紹介したい。

イ・チャンドン監督がユン・ジョンヒを追憶。「Poetry x LEE Chang-dong, PAIK Kun-woo」

【写真を見る】ユン・ジョンヒとの思い出を語るイ・チャンドン監督
【写真を見る】ユン・ジョンヒとの思い出を語るイ・チャンドン監督[c]BIFF

開幕式で行われた故ユン・ジョンヒのメモリアル・セレモニーの余韻が残る10月5日、彼女を偲び『ポエトリー アグネスの詩』(12)の特別上映が開催された。上映後にはイ・チャンドン監督と、ピアニストでユン・ジョンヒの夫ペク・ゴヌ氏が登壇しトークショーを行った。

『ポエトリー アグネスの詩』でユン・ジョンヒが演じたのは、出稼ぎをしている娘に代わり、たった一人で孫を育てているミジャ。美しいものを愛する彼女は、詩を書いてみようとカルチャーセンターへ通い始める。しかしその矢先、アルツハイマー型認知症だと診断され、さらに孫がクラスメイトの女子中学生の自殺にかかわっていたことを知らされて衝撃を受ける。

イ・チャンドン監督にとって、ユン・ジョンヒは「10代の頃は雲の上の存在のよう」だったという。「それでも『ポエトリー アグネスの詩』のシナリオを書き始めた時から、主人公はユン・ジョンヒ先生のイメージでした。私たちは映画祭などで偶然会って軽く話をする程度の仲でしたが、その時の感じが映画の中のミジャと似ていると思いました。そして実は、先生の本名が“ミジャ”だったんです」と、キャスティングがまるで運命に導かれるようだったことを回想した。

ユン・ジョンヒの夫ペク・ゴヌ氏をお呼びしての貴重な時間となった
ユン・ジョンヒの夫ペク・ゴヌ氏をお呼びしての貴重な時間となった[c]BIFF

ユン・ジョンヒは晩年、劇中のミジャ同様にアルツハイマー型認知症に冒された。イ・チャンドン監督は「映画の撮影中に病気になられたようです。決定的だったのは、加害者の保護者たちを代表して、ミジャが自殺した少女の母親を金銭面での和解に説得しようと訪ねるシーンを撮影した日。美しい風景に心を奪われて、なにをしにいったか忘れて帰るというこの場面は“ミジャの心理的崩壊を見せることが重要だから、上手くやらなければ”と先生は何度も話し、汝矣島(ヨイド)のご自宅でも(夫である)ペク先生を相手にセリフの練習をたくさんされていた。

ところが当日、ユン先生を撮影現場に連れてくるスタッフが道を間違えて、1時間半以上遅れてしまったんです。その間に役作りが崩れてしまって…ユン先生は泣きながら、“撮影できない”とおっしゃった」と当時を振り返った。撮影時にすでにユン・ジョンヒの体調が思わしくなかったというのは初めて明かされる話で、あまりにせつない。

ユン・ジョンヒは俳優として、作品のすべての瞬間にエネルギーを出し尽くしていたと、ペク・ゴヌ氏は話す。「映画の人生をこの作品で終えることができたのは幸運でした。『ポエトリー アグネスの詩』は、天からの贈り物です」と最愛の人を称えるペク・ゴヌ氏の言葉がいつまでも胸に響くトークショーだった。

最も旬な俳優ハン・ヒョジュによる「Actors' House: HAN Hyo-joo」が大盛況

『毒戦2』にも大きな期待がかかるハン・ヒョジュ
『毒戦2』にも大きな期待がかかるハン・ヒョジュ[c]BIFF

演技力も華やかさも兼ね備えたいまをときめく俳優たちによるトーク「アクターズハウス」は、自身の演技と作品についての深い話が何と9000ウォン(日本円で約1,000円)で堪能できるとあって人気の高いプログラムだ。収益は全額児童救済団体セーブ・ザ・チルドレンに寄付されるという意義深い試みでもある。

今年はユン・ヨジョンソン・ジュンギ、そして今最も注目を集めている俳優の一人でもあるハン・ヒョジュが登壇した。

「20代のころに釜山国際映画祭に来て、この熱気と終わらない夜をしばらく忘れていたんですが、また思い出せた時間でした。映画の殿堂が初めて建てられた時が思い出されます。主演した『ただ君だけ』(11)が開幕作で、どれほど光栄なことだったでしょうか。大きなスクリーンで見ていただいた記憶がまだ鮮明に残っています」と回想した。

やはりファンが聞きたいのは、最近の話題作「ムービング」についてだった。「初めてオファーが来たのは33歳から34歳くらいで、私はまだあまりに若すぎるかと思いました。でも、これまで演じてこなかったキャラクターにこそより強く魅力があるみたいで、難しくても大きな喜びを感じます」と述べた。

ムービングで初めて母親を演じたハン・ヒョジュは、家族に対し献身的で自己犠牲的な自身の母親の姿をエッセンスとして投影したという。

「相変わらず評価を受けることについてはいつも恐怖があります。『ムービング』が配信される前は震えて眠れませんでした。幸い、ご覧になった方々がとても面白いとおっしゃっていて、久しぶりに良い評価をいただきとても感謝して涙が出そうでした」と率直に話した。

ハン・ヒョジュは最近、自身の変化を感じているという。

観客からのハートポーズに笑顔で応えるハン・ヒョジュ
観客からのハートポーズに笑顔で応えるハン・ヒョジュ[c]BIFF

「人を演じなければならないので、人間をたくさん知る必要があります。ずっと自分だけにこだわってしまうと狭い考えをもってしまいそうだったので、最近もっと人々に会おうとしています。」と笑顔を見せた。そして「だから私は人としてはもっと平凡になるようだ、率直に私の話をして、子供の頃よりもっと普通に。人間ハン・ヒョジュは、率直で平凡になる感じです」と語った。

観客との意見交換の活発さや率直さを見ていると、BIFFの観客がいかに映画を愛し、積極的にかかわろうとしているかを実感させられる。訪れた世界中のシネフィルたちにとって、今年も幸福な出逢いと発見の10日間となったことだろう。

取材・文/荒井 南

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