生誕120年で注目の小津安二郎、ドラマ化されたサイレント期の作品を映画ライターが解説!
裏社会を舞台にした和製ギャングもの『非常線の女』
第29作『非常線の女』(33)は、ボクサー崩れで用心棒をしている襄二(岡譲二)を挟んだ恋愛模様が繰り広げられる和製ギャング映画。夜の街で姐御肌で通っている時子(田中絹代)と、襄二に憧れる弟を心配する清楚な姉、和子(水久保澄子)と襄二との三角関係が描かれる。
サイレント期の小津作品には『朗かに歩め』(30)、『その夜の妻』(30)などモダンな洋風アパートがしばしば登場するが、この作品もアメリカ趣味のアパートや小物が背景を彩っている。またボクシングやダンスホールなども、モダニズムの要素として目を引く作品だ。リメイクドラマ「第3話 非常線の女」では元ボクサーの不良を高良健吾が、ヒロインの2人を前田敦子と片山祐希が演じる。
寅さんのベース?人情の男、喜八が登場する『出来ごころ』
小津監督の第30作『出来ごころ』(33)は、ここから小津監督が長屋の住人を描いた喜劇を作っていくという意味でも重要な1作。一人息子と暮らす喜八(坂本武)は、一膳飯屋で働く春江(伏見信子)に惚れるが、春江は喜八の友人の次郎(大日方伝)に気があり、喜八は2人の仲を取り持とうとし…という東京の下町を舞台にした人情噺が語られる。
坂本武(本作では阪本武)演じる喜八は、学問も稼ぎもないが人情と心意気だけは人一倍あるキャラクターで、その後『浮草物語』(34)、『東京の宿』(35)にも登場。これらの作品は“喜八もの”と呼ばれており、松竹映画の歴史を振り返れば「男はつらいよ」シリーズの寅さんの祖とも呼べるキャラクターだろう。城定秀夫が監督したリメイクドラマ「第1話 出来ごころ」では喜八を田中圭が、次郎を渡邊圭祐が演じ、ヒロインの春江に白石聖が扮している。
現在にも通じるサイレント期の小津作品が描くもの
小津監督といえば、戦後の『晩春』(49)や『麦秋』(51)、『東京物語』(53)などに代表される、独特のセリフ回しが印象的な穏やかなトーンの家族映画が有名。しかし、戦前のサイレント期にはコメディやアクション、キッズムービーなど多彩なジャンルの作品を発表している。人間が持つおかしさや哀しさを感情論でなく映画的な技法によって映しだし、人間そのものを捉えようとした作品群はいまも異彩を放っている。
そのうち6作品が今回リメイクドラマとして日の目を見ることになったが、実は時代背景的にも原作とリメイクには類似点がある。1929年に日本は未曽有の不況に見舞われ、失業者は全国で30万人を超え、同年10月にはニューヨークのウォール街で株の大暴落が起こり、世界大恐慌が始まった。そこから始まった庶民の貧困が6作品の背景にあるが、これは物が値上がりし、不況感から脱することができないいまの日本に通じる社会状況とも言える。それだけにこの約90年前の物語たちは、現代を生きる私たちにも身近なドラマに映るだろう。
歴史は繰り返し、名作は時を超えて蘇る。そのことを今回のリメイクドラマは、我々に教えてくれることだろう。
文/金澤誠