「ムービング」『毒戦2』でタフネスを内に宿す女優、ハン・ヒョジュの演技術。いずれはアクションヒーローにも?

コラム

「ムービング」『毒戦2』でタフネスを内に宿す女優、ハン・ヒョジュの演技術。いずれはアクションヒーローにも?

大ヒットドラマ「ムービング」で見せた完璧なアクションと、母としてのキャラクター

デビュー当初より、ハン・ヒョジュが意欲を口にしてきたジャンルがアクションだった。『人狼』(18)でのガンアクションシーンで、瞬きすることなく銃を撃つ姿に武術監督が目を見張ったというエピソードがある。この頃からハン・ヒョジュは、ロマンチックな作品よりアクションヒーローものへの挑戦を目標に、アクションスクールに通うなど努力をしていると明かしていた。

それが実を結んだのが、今年シンドロームを巻き起こした超能力アクションドラマ「ムービング」のミヒョン役だったのではないか。かつては国家安全企画部のエースで人並み外れた鋭敏な感覚を持つミヒョンは、高校生の息子ボンソク(イ・ジョンハ)をたった一人で育てるシングルマザーだ。ボンソクは、工作員だった父ドゥシク(チョ・インソン)の飛行能力を受け継いだハイパーパワーの持ち主で、権力者に利用されたり謎の刺客につけ狙われていく。ミヒョンは息子を守るため、普段は生活に疲れた平凡なとんかつ屋の店主として世を忍んでいるが、家族のために銃を抜いた瞬間、表情が一変する。

ボンソクを全身全霊で守り抜く母としての姿
ボンソクを全身全霊で守り抜く母としての姿[c]2023 Disney and its related entities

シリーズ後半では、ボンソクの通う高校に北朝鮮からの要員が送り込まれ壮絶な戦いが展開される。殺し屋たちと銃撃戦になるミヒョンの立ち回りが素晴らしい。相手を仕留めるモーションの無駄の無さ。緊迫した中で映し出される眼差しの鋭さ。北の工作員を率いるドクユン(パク・ヒスン)に足を撃たれながらも死闘を繰り広げていると、ボンソクが登場。飛びながら敵ともみ合うボンソクを追いかけるミヒョンが、血まみれの足でつまずくシーンが真に迫っている。この一瞬があるかないかで、演技のリアリティが全く異なることを熟知している演技だ。

特殊能力を持つ家族と、彼女たちを追い詰める謎の刺客たちの壮絶な戦闘を描く「ムービング」
特殊能力を持つ家族と、彼女たちを追い詰める謎の刺客たちの壮絶な戦闘を描く「ムービング」[c]2023 Disney and its related entities

一方で凄まじいアクションをしながらも、ハン・ヒョジュはあくまでミヒョンの“母”としての顔に心血を注いでいた。「ムービング」のラストエピソードで、刺客たちを倒したボンソクは負傷したミヒョンを背負い空へ飛び上がる。ミヒョンはそれまで張り詰めたような戦闘的な表情が和らぎ、たくましくなった息子に身を預ける母の顔をしている。

ハン・ヒョジュをあまり褒めてくれない母も、ミヒョンの演技を「よくやったわね」と言ってくれたという
ハン・ヒョジュをあまり褒めてくれない母も、ミヒョンの演技を「よくやったわね」と言ってくれたという[c]2023 Disney and its related entities


キャリアで初めて母親役を演じたハン・ヒョジュは、ミヒョンを演じながら自分自身の母のことを考えていたという。「その時代のほとんどの親がそうだったように、母もまた子供のために犠牲を払い、家族のために生きていたと思います。振り返ると、私の母もとても自己犠牲的な賢母だったので、女性として自分のための時間がほとんどなかったのではないでしょうか。私はミヒョンの人物像に従いながら、ドラマの最後の方は母としてキャラクターを演じることにしました」という言葉には、家族のために生きた時代の母や女性たちに敬意を払いながら、やはり自ら選択し生きていくことに意識的な様子が垣間見える。

ラブストーリー、コメディ、ヒューマンドラマ、アクション。幅広い役柄でキャリアをたゆまずにアップデートし続ける彼女の領域を、一つのジャンルに限定することは困難だ。クンカルやミヒョンのキャラクターを以て「俳優としての新境地」と評価してしまうのは、まだまだ早いようだ。

文/荒井 南

関連作品