幸福の“ゼロサム”を描く新奇なホラー映画『みなに幸あれ』。その“バッドエンド”が意味するものとは?【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】
「祖母役の方は、クランクアップの時には泣かれてました、重圧から解放されて(笑)」(下津)
――あと、棒読みに関しては、明らかな演出意図があるわけで、むしろ本作のチャームポイントだと思います。だって、あの短編から引き続き今回も出演されていた祖母役の方は、プロフェッショナルな役者の方ではないですよね?
下津「はい、しかもあの短編が初演技で」
――作品の中身を観た人なら誰もが思うはずですが、よくやってくれましたね。
下津「はい、本当によくやってくださって…。クランクアップの時には泣かれてました、重圧から解放されて(笑)。ほかにも候補の方が4、5人いたんですけど、役者経験のある方は、本当になんか『セリフを言ってます!』という感じの方しかいなくて。それだったら、逆に素人感がある人をキャスティングしようっていう感じで」
――素人感というか、完全に素人ですが(笑)。
下津「中盤に出てくるおじさんとかも、ほぼ演技をやったことがない方です」
――そこは“狙い”なんだと強調しておいたほうがいいと思います。ちゃんと、狙い通りの効果が出ているので。あと、そうした役者の台詞回しとも相まって、編集のリズムにもこれまでの日本のホラー映画にはない気持ち良さがありました。
下津「編集に関しては、予算をほかに割きたかったこともあって、自分で編集することにしたというのが正直なところなんですけど、結果的にはうまくいったと思います。そもそも、自分は現場でテストをしてそこから切り取っていくのではなく、最初から大体もう画を決めているんですよね。イメージとしては、カメラをセッティングして、その構図の中に役者さんが入っていただくみたいな、そっち側に近いんですね。シーンを切り取るというよりも。だから、編集も試行錯誤しながら検討するというよりも、もう撮る前から大体決まっていることが多くて。だから、そんなに大変な作業ではなかったです」
――撮影に入る前にコンテを書かれる感じなんですか?
下津「今回は“写真コンテ”と言って、スタッフにも協力してもらって、撮影前にすべてのコンテを用意していきました」
――じゃあ、それを事前に役者さんにも見てもらって?
下津「そこはちょっと悩んだんですけれども、今回全部共有させていただきましたね」
――ポン・ジュノみたいなやり方ですね。
下津「ははは(笑)」
――でも、作品を観るとわかります、そういうきっちりしてる感じ。先入観かもしれませんが、理系の方が撮った映画って感じがちょっとしますよね。
下津「そうなんですよ、ちょっと几帳面な感じで…」
――選考をしていてわかるのは、日本ホラー映画大賞の応募作って、見るからにめちゃくちゃホラーが好きで、短編にせよ長編にせよこれまでホラーばっかり作ってきたんだろうなっていう方もいる一方で、賞の趣旨に合わせて、ホラー作家というわけではないにせよ「これはホラーと呼べるかな?」っていうラインの作品を応募してくる方の大きく2通りにわかれるんですけど。下津監督は明確に後者ですよね?
下津「そうです、はい」
――『みなに幸あれ』は、日本ホラー映画大賞の存在を知って、そこから企画を立ち上げたんですか?
下津「そうです。他の応募作の監督の皆さんほどガッツリとホラー映画のファンというわけではなくて、普通の映画好きとしてホラーも観るぐらいだったんですね。なので、逆にそこが良かったのかもしれないです。正直、ホラーの古典と言われているような作品も観てなかったレベルだったので」
――それこそ、『悪魔のいけにえ』とか『ゾンビ』とかも?
下津「『悪魔のいけにえ』は受賞後、今回の長編を撮る前に勉強しないとと思って観ました(笑)。自分にとってホラーの入り口となったのは、ジョーダン・ピールの作品だったり、アリ・アスターの作品だったり、最近のA24あたりのホラーだったんで」
――でも、それが功を奏したのかもしれませんね。『悪魔のいけにえ』とか『ゾンビ』とか、純粋に映画としてすばらしいのは間違いないんですけど、ホラー作家にとって聖典になりすぎているというか。あまりにも影響力が強くて、そのフォロワー的作品が無限に作られてきたので。だから、下津監督のようなホラー作家が表れたのは、ポストホラーと呼ばれてきたA24の作品や、社会風刺的要素が強いジョーダン・ピールの作品がホラーファン以外の観客の間でも浸透するようになってきた時代の必然なんじゃないかと。
下津「そうかもしれません。そのラインを意識した作品って、日本ではまだあまりないなと思っていたので、そこを狙っていければなと思って…」
――本当に、それは大正解だと思いますよ。最初に言ったように、日本は日本でJホラーの磁場が強すぎて、若い世代の監督もどうしてもそこに引き寄せられがちだったので。
下津「そうですね。でも、いざ本格的にホラー映画の世界に入ってみると、表現できることの幅も広いし、ジャンルとしての可能性をすごく感じるようになって」
「ホラー映画に慣れてる自分でも「ここまでやるかあ」って思いましたよ(笑)」(宇野)
――とりあえずホラー映画大賞を受賞して、こうして長編デビューもできたけれど、「今後はホラーにこだわらず作品を作っていくぞ」と思ってるわけではない?
下津「最初はそういうつもりもちょっとあったんですけど、逆に今回『みなに幸あれ』を撮ってみて、今後もホラーをやっていきたいなと思うようになって」
――おお!それはすばらしいですね!いざやってみたら肌に合った?
下津「そうなんですよ。あと、海外のいくつかの映画祭に出品して、そこでちゃんとリアクションがあったことも大きかったです。やはり海外に出て行きたいので、清水崇監督や中田秀夫監督のようにそれがハリウッドなのかはわからないですけど、海外で観られる映画を作っていきたいという思いは強いです」
――ホラー映画にはいくつか軸があって、「怖い/怖くない」という軸の他に、「グロい/グロくない」っていう軸もあるじゃないです。で、もしかしたらお客さんを選ぶことになるかもしれないけど、正直に言うと『みなに幸あれ』は間違いなくグロい(苦笑)。
下津「そうですね(苦笑)」
――ホラー映画に慣れてる自分でも「ここまでやるかあ」って思いましたよ(笑)。短編の時よりも、今回はさらにイッちゃってる(苦笑)。
下津「はい(苦笑)」
――そこには、作り手の適正もあると思っていて。例えば、医者でも外科医と内科医がいるように、ホラーにも外科手術的なホラーと内科的なホラーがあって、下津監督は外科手術的なホラーもちゃんとできる監督なんだという発見がありました。
下津「そうですね(笑)。本当に自由にさせていただけたので。例えば脚本に『おばあちゃんが組み体操をしながら出産する、破水した羊水が顔にかかる』とかって書いたんですけど、別になんにも言われなくて(笑)」
――どうかしてましたよ、あのシーンは(笑)。
下津「『あっ、これやっても大丈夫なんだ!』と思って。もう好き放題やってやろうと思って全部ぶつけた感じでしたね。本当にありがたかったというか、なかなかないですよね。1本目で、オリジナルで、新人監督で、これだけ自由にさせていただけるっていうのは」
――そこで萎縮しなかった下津監督がすごいんですよ。世の中には、本当に頭がおかしいとしか言いようのない監督っているじゃないですか。最近だったらアリ・アスターとか。彼ほどじゃないにせよ、自分の中に、ちょっとネジが外れてる部分とかを自覚されることはあったりします?
下津「実は、時々言われます。表面はこんな感じで穏やかなんですけど、サイコパスとか…」
――それはどういうところで?
下津「いや、どうやら考え方とか言動の節々にあるらしくて。別に暴力的だとかそういうことではないですよ。でも、20代半ばぐらいまでは閉じていたものが、映画を作るようになってからは『そこを開放していいんだ』ってきて」
――それは頼もしいですね。
下津「そういう意味では、自分のすべてをさらけ出して作った作品です」