2023年にハリウッドで起きたダブルストライキとはなんだったのか…その意義と映画界への余波
パンデミックとストライキが映画業界に与えた影響とは
パンデミックおよびストライキは、劇場興行にも大きな打撃を与えた。世界中がパンデミックで失われた市場経済を徐々に復活させ、平時に戻りつつある2023年の興行成績は現在までのところ約86億4,394万ドル(約1兆2,331億円)で、2019年の約113億6,336万ドルという水準まで戻っていない。全米映画俳優組合のストライキを受けて大作映画が来年以降へ公開延期となったことで劇場ブッキングに隙間が生じ、日本映画の『ゴジラ-1.0』(公開中)は12月1日に全米2,308スクリーンで公開され、公開初週成績で3位。12月26日までに約4099万ドル(約58億円)を稼ぎ、邦画実写映画として歴代トップの興行成績を収めている。また、翌週12月8日に公開された宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』(公開中)もIMAXを含む2205スクリーンで公開され、現在までに約3094万ドル(約44億円)の興行成績をあげた。このように、外国語映画が2000以上のスクリーン数をブッキングできたのも、ストライキの予期せぬ恩恵と見ることもできる。
およそ半年間に及ぶWGAとSAG-AFTRAのダブルストライキが帰結したばかりだが、来年1月にはAFM(米国音楽家連盟)とAMPTPが交渉を開始し、11月にはIATSE(国際映画劇場労働組合)の契約も満期を迎える。IATSEには俳優や監督、脚本家以外の多くの映像制作スタッフが各支部にわかれ所属している。ダブルストライキで撮影が休止していた間、IATSEのメンバーたちも俳優たち同様に仕事を失った。パンデミック時の政府支援とは異なり、今回はセーフティネットがないため、業界全体に及ぶ経済的困難を悪化させている。IATSEが労働時間や報酬改定を求めていた2021年の前回契約更改時にも会員の98%から同意を得て、契約が合意に達しない場合はストライキに入る構えを示していた。
変化していくエンタメ業界のビジネスモデル
2023年のストライキは、どの業界でも起こりうるパラダイムシフトの問題を可視化させるものだった。エンタテインメント市場の変化への対処も、業界全体の意識、構造改革を要している。SAG-AFTRAやWGAが勝ち取った経済的勝利は、確実にスタジオの財政を圧迫する。業界はいま、映画を制作し莫大な広告宣伝費をかける従来の映画配給ビジネスモデルと、世界配信をテコに作品を頻発するストリーミングモデルの長期的な持続可能性を慎重に検討する必要に迫られている。だからこそ、AI利用とレジデュアルの契約整備が急務だったのだ。
ハリウッドの歴史において最も長く、激しく争われた2組合の労働契約。テクノロジーや市場が激変するなか、映像でパラレルワールドを描いてきたクリエイターたちは、自らの手で権利を掴み取った。このストライキで勝利を勝ち取ったのは、俳優や脚本家だけではない。ハリウッドスターがピケットラインで声を張りあげ世界中に報道されたことで、全労働者に権利主張の大切さと、それに伴う義務を訴えたことが最大の成果だったのではないだろうか。
文/平井伊都子