盲目の天才鍼医から民主化デモで闘う学生まで…リュ・ジュンヨルが演じてきた若者の肖像
軍事政権に抵抗した若者を象徴するキャラクターを演じた『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』
そして日本の観客の記憶に残っているのは、『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』(17)で演じた学生ジェシクだろう。
本作は、1980年5月18日に光州市で起きた、軍事政権に対する民主化要求の蜂起、いわゆる「光州事件」を素材にしている。歴史を紐解くと、民間のタクシーがデモの鎮圧で重傷を負った民衆を病院に運んだり、軍隊の前に車両で立ちはだかるなど運転手たちが市民と連帯した記録が残っている。本作はソウルからドイツ人記者を乗せた、光州で起きている事実を知らない平凡なタクシー運転手の視点を通して、市井の人たちがいかにして国家権力の横暴に立ち向かっていくかをドラマティックに描いた映画だ。デモに加わっていたジェシクが大学へ入学したのは、当時放送局が主催していた大学生の歌謡祭に出たかったからだった。
そんな夢を語りながら屈託なく笑う彼が不条理な死を迎えるシーンは、何度観ても涙を禁じ得ない。若者が権力に未来を砕かれていくという姿を描くことは、それだけで強い怒りのメッセージだ。リュ・ジュンヨルが等身大の演技で見せた、抵抗の種火のようなジェシクという青年は、事件当時に光州の至る所にいたに違いない。
『梟ーフクロウー』のギョンスが、そこにある真実をから目を背けるという行為から、全てを確と見ようという行動に出るという展開は、存在を顧みられない人物を演じてきた俳優リュ・ジュンヨルが、演技の中で果たした抵抗と復讐だと位置付けてみると興味深いものがある。
そして、役作りで明かされたエピソードの中で特に印象深いものがある。リュ・ジュンヨルが子供の頃、遠戚に目の見えない人がいた。法事で彼にあうたび「まるで夢を見ているような表情だ」と、リュ・ジュンヨルは思ったそうだ。眼差しに哲学的な悟りも感じたこの記憶もまた、ギョンスに役立てた。「LOST 人間失格」のガンジェは、思い描いた未来とはかけ離れた生活への鬱屈と、父を亡くした喪失感を抱えながらも「俺よりも悲しい人を見て、優しくしたくなった」と他者に対しさりげなく手を差し伸べていた。リュ・ジュンヨルは周縁で忘れられる青年を演じてきたが、彼もまた、存在を省みられることの少ない誰かの存在を目と心に留めながら生きる人間なのだろう。
文/荒井 南