クリストファー・ノーラン監督の集大成。『インセプション』『インターステラー』など過去作の手法から紐解く『オッペンハイマー』へのこだわり
ノーラン監督が培ってきた技術が総動員された最新作
『オッペンハイマー』は基本的に、主人公の視点でストーリーが展開していく。原爆の発明に寄与し、その後の世界の運命を大きく変えた科学者に、映画の歴史を変えてきたノーランが、自分自身を重ねて描いているようでもある。ユニークなのは、オッペンハイマー視点の大部分がカラーで展開しつつ、彼が戦後、対立を深める原子力委員会のルイス・ストローズの視点のパートがモノクロとなる点。ノーランの初期の代表作である『メメント』では、時間が流れる方向によってカラーとモノクロを使い分けており、このあたりに彼の原点を見つけることも可能。今回のモノクロのシーンに関しては、特別な技術開発も行われた。「ダークナイト」シリーズでIMAXカメラを使い始めたノーランは、その後の作品でもIMAXや65mmの大型カメラによるフィルム撮影を好んで採用するようになる。『オッペンハイマー』では、存在しなかった65mm用のモノクロフィルムを新たに開発してもらったのである。これもノーランの“こだわりの歴史”に刻まれるトピックだ。
ノーランのように映像へのこだわりや、革新的な世界観を追求する監督の作品では、俳優はひとつの駒になってしまう可能性もある。しかし『ダークナイト』がジョーカー役のヒース・レジャーにアカデミー賞助演男優賞をもたらしたように、その世界観に完全に没入することで、俳優たちは新たなポテンシャルを引きだされるケースも多い。その化学反応が見事に実現したのが『オッペンハイマー』であり、アカデミー賞の演技部門では3人ものノミネートを果たした。オッペンハイマー本人の外見に近づきつつ、内なる葛藤を表現したキリアン・マーフィーを中心に、ストローズ役のロバート・ダウニーJr.、オッペンハイマーの妻キティ役のエミリー・ブラントは、これまでの出演作とはまったく違う顔を見せている。ノーランがいかに俳優の新たな境地を開くのか。『オッペンハイマー』を観ながら、彼の過去の作品を思い出す瞬間もあるはずだ。
現在のハリウッドで、その名前だけで劇場に多くの観客を呼ぶことのできる監督は、ごくわずかである。クリストファー・ノーラン監督は、まさにその一人であり、大胆なチャレンジを重ねながら、大スクリーンでこそ堪能できる作品を彼は送りだしてきた。ジャンルとしては人間ドラマの『オッペンハイマー』にも、明らかに映像や音響を大きな映画館で味わうべき工夫が散りばめられている。これまでノーランの映画に歓喜し、衝撃を受け、感動してきた人は、彼のキャリアの延長として新たな発見をしながら、別次元へ連れて行かれる喜びに浸ることだろう。それがどんな別次元なのかは、おそらく観る人それぞれであり、それこそが『オッペンハイマー』の作品としての魅力でもある。
文/斉藤博昭