草なぎ剛の新たな当たり役…『碁盤斬り』で魅せる清廉潔白な武士の陰陽が圧倒的
あらぬ罪を疑われ、憤りを隠せない格之進
清と濁。静と動。本作はシーンによって、登場人物それぞれの印象がガラリと変わる。そして、映画の構造も前半と後半でくっきりと色合いが変わるのが大きな特徴である。前半のほのぼのとした人情噺から一転、後半はヒリヒリするほどのシリアスな復讐劇へ。切り替わるきっかけとなる、かつての部下、梶木左門(奥野瑛太)から過去の冤罪事件の真相を聞いた瞬間、顔色が変わり、呼吸が浅くなる格之進。凄みのある鋭い視線に心臓がドキドキする。
さらにタイミング悪く、よりにもよって、またもや別の冤罪が格之進の身に降りかかる。盗みなどとは最も遠いところにいる人間なのに、疑われることの堪えがたい怒り。格之進が「無礼者!私を盗人扱いするつもりか。痩せても枯れても私は武士だ。たとえどんなに窮しても、人様のものに手をつけるほど落ちぶれてはおらぬ!」と、それまでとは別人のような激しさで怒声を上げるシーンでは、全身から目には見えない炎がメラメラと立ち上っているかのよう。萬屋の屋敷で消えた50両について、格之進に問い質してしまった弥吉(中川大志)が、そのオーラに気圧されるのは当然の迫力だった。
そのほかにも、汚名を着せられた恥辱から切腹しようとする格之進を、娘の絹が必死に止めるシーンや、兵庫との激しい立ち回りのシーンなど、息をのむ名場面がたくさんある。アクションを得意とする草なぎが見せるキレのよい殺陣は惚れ惚れするほどかっこいい。
様々な経験を重ねてきたいまの草なぎ剛だからこそ演じられる格之進
印象的だったのは、父に復讐を遂げてもらうべく、覚悟を決めた絹の行動に背中を押された格之進が、因縁の相手である兵庫を探して津々浦々を旅する一連のシークエンス。江戸時代の旅はそれ自体が命懸けだ。笠を被り、道中合羽を羽織った格之進は、日を追うごとにどんどん汚れ、やつれ、無精ヒゲだらけになるのだが、復讐心に燃えるその顔はキリッとシャープ。なんなら、長屋で静かに暮らしていた頃よりもずっと輝いている。侍の本領発揮という感じで、気迫がみなぎっているのである。
草なぎ剛はストイックと称されることが多いが、そのストイックさにおいて、本作の柳田格之進という主人公は、彼自身のキャラクターとどこか重なる部分がある。劇中、格之進が自分の清廉潔白さが誰かを傷つけてきたのではないかと苦悩し、正しさだけがすべてではないと気づいていく姿も胸を打つ。瞬発的な演技力だけでは表現できない、半世紀の時間を生きて、様々な経験を重ねてきたいまの草なぎだからこそ、にじみ出る陰影と風格。『碁盤斬り』は彼の俳優人生において、まさに大切な代表作の一つになった。
文/石塚圭子