『密輸 1970』では陸でナイフ!海でサメ!! 韓国が誇るヒットメーカー、リュ・スンワンのエネルギッシュなアクション術
ジャッキー・チェンやブルース・リーに憧れた青年リュ・スンワンは、いまや韓国を代表する映画監督になった。 新作『密輸 1970』(7月12日公開)でもスピーディで荒々しい群衆バトルや、サメが登場する海女たちの水中アクションを描出し、手練れのアクション演出を見せつけている。
自ら集めた資金で制作したオムニバス映画『ダイバッド 死ぬか、もしくは悪(ワル)になるか』(00)で鮮烈なデビューを果たして以来、韓国のアクション映画の可能性を広げてきたリュ・スンワン監督。ジャッキー・チェン、ブルース・リーといった香港のアクション・スターたちへの憧れと、かつて韓国社会にあふれていた暴力への恐怖や怒りをエネルギーとして作られてきた彼の作品には、エンタテインメントとしての楽しさと、生身の人間にしか醸し出せないパワーが満ちあふれている。そんなリュ・スンワン映画の魅力はどこにあるのだろうか。その歩みを振り返っていこう。
香港映画への愛を独自のテイストに昇華
韓国映画が変革期を迎えていた2000年に登場した『ダイバッド 死ぬか、もしくは悪(ワル)になるか』は、高校生たちの壮絶な乱闘を捉えた「喧嘩」を含め、4本の短編を集めて劇場公開。リュ・スンワン監督自身が主演を務め、弟であるリュ・スンボムが俳優として活動を始めるきっかけともなった。また、映画制作のために妻カン・ヘジョンと「外柔内剛」という名の会社を設立。以後、すべての作品を共に作り続けている。
荒削りながら圧倒的なオリジナリティを持つデビュー作で映画界に衝撃を与えたリュ・スンワンは、続く『血も涙もなく』(02)で商業映画デビュー。トップ女優チョン・ドヨンと、近年は『あなたの顔の前で』(21)などのホン・サンス監督作品で再評価されているイ・ヘヨンが組んだバディ・ムービーでは、女性たちが血塗れになって闘うアクション・シーンが新鮮な印象を与えた。2004年には監督自身が「私がつくったいちばん現実離れしているジャンル映画」と振り返る『ARAHAN アラハン』を発表。ダメ警官が達人たちの手ほどきで修行を積み、超人的な能力を開花していくという、香港映画への愛がたっぷり詰まったこの作品は、アクションと笑いが絶妙にブレンドされた、リュ・スンワン印の演出が光った。一方、ボクシングにまつわる2つの実話を基にした『クライング・フィスト』(05)ではリアルなファイティング・シーンをストイックに作り上げた。
監督、脚本のみならず製作、主演も務め、自らの映画的バックグラウンドを全て詰め込んだ痛快な社会派アクション『相棒 シティ・オブ・バイオレンス』(06)と、70年代のアクション映画のリメイクで、B級テイストを炸裂させた『史上最強スパイ Mr.タチマワリ! ~爆笑世界珍道中~』に続く『生き残るための3つの取引』(10)は、キャリアの第2章の始まりを告げる作品だ。のちに『The Witch/魔女』(18)などを手掛け、リュ・スンワンとは違ったタイプのアクション映画監督となっていくパク・フンジョンが脚本を務め、警察、検察、建設会社の暗躍に巻き込まれていく刑事の皮肉で残酷な運命を描いた。それまでに比べアクション・シーンは少ないが、立場の違う人物たちの思惑がぶつかり合う、見応えのある作品となった。東西対立の最前線だったベルリンを舞台に、窮地に追い込まれた南北諜報員の絆を描く『ベルリンファイル』(13)では、題材に合わせ、ユーモアを封印した冷たく硬いトーンを採用。ハ・ジョンウ演じる敏腕諜報員の体を張ったキレのあるアクションが、さらなる進化を感じさせた。
叩き上げの刑事が圧倒的な財力を誇る財閥一家の御曹司に挑む『ベテラン』(15)は、リュ・スンワン監督が「面白く見せる」ことに徹して臨んだという正義と悪のガチンコ勝負。「アクション映画というのはただアクションを見せるのが重要なのではなく、アクションを使うことで初めて到達できる感情という面も考えなければいけない」という監督の哲学が隅々まで行き渡り、ファン・ジョンミン扮する主人公のアクションを見ているだけで彼の怒りが観客に真っ直ぐ伝わった。