洋画興行の危機、ファンダムビジネスの最大化…日本の映画興行の”健全さ”はどこに向かう?【宇野維正「映画興行分析」刊行記念対談】

インタビュー

洋画興行の危機、ファンダムビジネスの最大化…日本の映画興行の”健全さ”はどこに向かう?【宇野維正「映画興行分析」刊行記念対談】

「“映画館で座席予約をしてもらう”ことがコンバージョン。なら媒体の維持の仕方は、あの手この手で知恵を絞るしかない」(下田)

宇野「残っていたとしても、テキスト主体のメディアではなくなってる可能性は大いにありますよね。だから、テキストは本にしないと残らない。あと、これはリアルサウンドだけじゃなく多くのウェブメディアにも言えることですが、自分自身、もうウェブ広告の合間を縫ってテキストを読むのがストレスなんです。これはウェブメディアがずっと抱えている問題だけど、多分、いまが一番酷いんじゃないかな。さすがに今後ちょっとは改善されていくと思うし、対策は練っていると聞いてますけど」

下田「デジタル化によってメディアの数も記事本数の総量も増え、かつCookieレス時代に移行するなかで、ネットワーク広告の単価の下がり幅はとんでもないことになってるんですよね。“ウェブの記事は無料で読める”をキープしたまま媒体を成立させるには、広告枠を増やすしかないし、そうじゃなければテキストそのものを有料化するか、別のコンバージョンを作るしかないですよね」

宇野「そもそもメディアの数が必要以上に多すぎる上に――例外的なメディアもごくわずかにありますが――ギャラの単価が安すぎる。結局それって、日本映画が抱えてる問題と同じですよね。製作本数が多すぎて、そのせいでほとんどの作品が話題にもならなくて、スタッフの報酬も安すぎるのに、なんらかの外的要因や慣習だけで業界全体がなんとか延命している。でも、そういうものは存在していること自体が“不健全”なので、必ずツケが蓄積していて、どこかで一気に足元から崩れ落ちていくと思いますよ」

下田「MOVIE WALKER PRESSは、やっぱり”映画館に連れて行く”ことがゴールなので、読みものをクローズドにすることには意味がないんじゃないか。ムビチケを購入してもらうことだって、映画館で映画を予約することだって、サイトからは離脱になりますが、“映画館で座席予約をしてもらう”ことがコンバージョンになるんじゃないか。そういうなかでの媒体の維持の仕方は、あの手この手で知恵を絞るしかないです」

宇野「リアルサウンド映画部は、開設した2015年当時、国内のテレビドラマのちゃんとした批評記事がまだ目新しかったというか、即時性のあるウェブメディアに相応しいコンテンツであるにもかかわらず、他のメディアがあまり手をつけてなかった。だから、“映画部”と名乗りながらそれでページビューが稼げるようになって、そこから軌道に乗ったという流れがあったんですけど。ただもう、ウェブで長いテキストを読むという文化自体が、今後どうなっていくんだろうっていうことを、この長い対談をやりながらも思ってるんだけど(笑)」

下田「はい、言ってることとやってることが矛盾してますね(笑)」

「また、長いインタビューになる予感がしています…」と話しながらも戦々恐々
「また、長いインタビューになる予感がしています…」と話しながらも戦々恐々撮影/黒羽政士

宇野「今回、『映画興行分析』について下田さんにインタビューしてもらえることになって、自分が提案したのは、インタビューじゃなくて対談にしようよ、ということで。自分は同業者として、ウェブでテキストを読む時はまず書き手のクレジットを確認するんだけど、一般の読者の側に立ってみても、もう聞き手が誰でもいいような記事は作ってもしょうがないと思っていて」

下田「MOVIE WALKER PRESSでの『映画のことは監督に訊け』の連載もそういう発想から立ち上げましたよね」

宇野「そう。新作のプロモーションとかも、一回これまで慣習としてやってきたことを全部見直したほうがいいと思っていて。だって、監督も役者も、一体どんなメディアかもろくに識別もできないまま同じようなことを何十回も別のインタビュアーに訊かれて、肉体的にも精神的にも疲弊してるのって、バカみたいじゃないですか。なんで日本の映画業界ってこんなにたくさんインタビューばっかりやってるんだろうって。映画でも、音楽でも、海外ではこんな奇習はとっくに消滅していて、インタビューを受ける側が各国の主要メディアやインタビュアーを選んで、せいぜい1本か2本やるだけですよ」

連載中の「映画のことは監督に訊け」は2020年8月にスタートした
連載中の「映画のことは監督に訊け」は2020年8月にスタートした撮影/黒羽政士

下田「『映画興行分析』の中でも、再三、民放テレビ局の情報番組やバラエティ番組での映画のプロモーションに苦言を呈してますよね」

宇野「テレビ局が自社で出資してる作品を自局の番組で延々と宣伝するのは、放送法的には違法性の疑いさえある悪質なものなのでまたそれとはレベルが違う話なんですが、とにかく映画のプロモーションと称して、ギャラも発生しない状況で演者を稼働させ続けて、それで現場が疲弊していくのって意味がわからないし、最近はたまに演者側からも異議の声が聞こえてくるようになりましたよね? それは当然ですよ」

下田「『映画のことは監督に訊け』は“宇野維正の”と聞き手の名前を冠した連載だからこそ、宣伝側に『時間をたっぷりください』と依頼もできるし、監督サイドの反応や、宇野さんがソーシャルメディアで引用・拡散してくれる効果もあって、それが実績として認知してもらえるようになりました」

宇野維正の「映画のことは監督に訊け」。最新回は『悪は存在しない』を発表した濱口竜介監督
宇野維正の「映画のことは監督に訊け」。最新回は『悪は存在しない』を発表した濱口竜介監督

宇野「あの連載って、初期の頃は監督の写真だけだったけど、途中から自分との2ショットをサムネイルで使うようになったじゃないですか。この機会に言っておきたいんだけど、あれは自分がそうしたかったわけじゃなくて(苦笑)」

下田「やっぱり”誰が聞いているか”がサムネイルで伝わらないと、公開前後の短いタームで監督やキャストが多くの媒体でプロモーション露出をしていて、それがわっとタイムラインで流れていくなかでは、目を留めてもらえないと思ったので」

宇野「編集サイドからの、同時期に出る他の記事との差別化の策としてそうなっていった。刊行を始めたのは10年以上前になるけど、最初からシリーズ化を想定して編集協力として参加してきたサーチライト・ピクチャーズ作品のパンフレットもそうですが、下田さんとはそうやって、ずっとこれまでの映画業界の構造に目を向けて、そこにメスを入れるような仕事をやってきた。だから今回も、インタビュアーとしてではなく、対談の相手として話をしたかったんです」

筆者は劇場用プログラム「サーチライト・ピクチャーズ・マガジン」の編集担当でもある
筆者は劇場用プログラム「サーチライト・ピクチャーズ・マガジン」の編集担当でもある撮影/黒羽政士

「個人の歴史や過去の仕事を背負った葛藤が文章になっていれば、AIには提供できない読み物のおもしろさは残るんじゃないか」(宇野)

下田「『映画興行分析』の“おわりに”でおもしろいなと思ったのが、『いますぐにAIで実現可能なのは、数字に関する記事なんじゃないか』って書かれていたことで。つまり”ウェブメディアの記事ってなんなのか”っていう話だと思うんですけど。ChatGPTのような生成AIが出始めた時、ウェブメディアの人間としては、プレスリリースをもとにした解禁記事のような、”情報”の取り扱いについてとても考えさせられたんですよね」

宇野「映画ではないけど、つい最近もMrs. GREEN APPLEの『コロンブス』のミュージックビデオが問題になった時、朝の情報番組ではレコード会社のプレスリリースの文面をそのまま引用した、ほぼ同じ内容のすごく無邪気な紹介をどこの局でもしていて。夕方になると、今度は一様に深刻な表情で『謝罪文が発表されました』みたい報道をしているという。もう、ただのギャグですよね。そこではもう、誰も、なにも、自分の頭で考えてなくて、情報を右から左へと流しているだけ。だから、いまの日本のマスメディアがやってるエンターテインメント関連の多くの仕事は、AIに置き換わっていく以前から、ずーっとAIのようなことを、AIよりもはるかに低い能力でやってきてる。真面目な話、ちゃんとAIに任せていたらあのミュージックビデオに内在する問題にも最初の段階で気づいたかもしれない。それに、自分にはその問題をソーシャルメディアとかで指摘や糾弾をしてる人たちの文章も、まるでAIが書いたもののように見えるんです。そもそもポリティカルコレクトネスやウォーキズムというのは普遍的なものではなく、ある特定の時代背景と特定の文化圏を根拠とする、論理的かつ人為的な表現のコードなわけで、AIととても相性がいい」

下田「本の最後では、ウェブの記事がもっとAIだらけになればいいと書いてますが」

宇野「本音です。興行分析なんて誰でもできるわけで、誰でもできることはAIにやらせればいい。もはやそこに何か意義や意味が残るとしたら、それは書き手の属人性や記名性しかないので、今後もそれを引き受けていきますということです」


下田「でも、日本映画と外国映画のバランスにしても、実写映画とアニメーション映画のバランスにしても、批評家としての宇野さんにとっては、なかなか難儀な時代になってきたんじゃないですか?」

宇野「確かに、トップ10のうち半分が国内アニメーションのシリーズ作品だったりすると、このまま自分が日本の映画興行について書いていてもいいのかなっていう気もしますが、一方で、ものすごい勢いで変化しているものについて書くのって純粋におもしろいじゃないですか」

下田「なるほど、そうですね」

宇野「一番つまらないのって、なにも変わらないものについて同じようなことばかり書くことなので。それは国内アニメーション作品に限らない話で。例えば今年は若い観客を中心に『変な家』が大ヒットしたわけですけど、批評家としてあの作品を評するなら、どう考えても脚本以前に設定の時点でストーリーが破綻しているし、一時期のコミック原作の量産型ティーンムービーと比べればまだマシですが演出も相当拙い。YouTubeにおけるコンテンツの浸透度だとか、学校での口コミだとか、ヒットの理由はいくらでも分析できるけど、根っこの部分で『これは手強いぞ』という作品がそうやって出てくるわけです。でも、そういうことを考えるのは楽しいし、そこで個人の歴史や過去の仕事を背負った葛藤が文章になっていれば、AIには提供できない読み物のおもしろさは残るんじゃないかな」

映画ジャーナリスト・宇野維正
撮影/黒羽政士

下田「私自身、『パンデミック中、日本市場が世界で唯一健全さを保っていた』っていう海外からの言説を耳にするまでは、いろんな局面で日本の映画興行の不健全さを感じていたんですけど、繰り返しになりますが、人が集まっていることが一番大事なことなんだと思うようになりました」

宇野「まあでも、正直な話、若い世代に対しては、今後映画館で観られる作品の選択の幅が狭くなっていくとしか思えないような環境にしてしまった現状に責任を感じずにはいられない。僕も、下田さんも、業界の構造にいろいろ目をやって、できる範囲で改善はしようと思ってやってきた15年だったけど、力が及びませんでした」

下田「こんな結論でいいんでしょうか?」

宇野「その責任を背負いながら、これからも粛々と自分たちのできる仕事をしていくしかないですね(苦笑)」

下田「そうですね。今日はありがとうございました!」

取材・文/下田桃子(MOVIE WALKER PRESS編集長)

■宇野維正 プロフィール
1970年、東京都生まれ。映画・音楽ジャーナリスト。米ゴールデン・グローブ賞国際投票者。「リアルサウンド映画部」アドバイザー。映画誌やファッション誌での連載のほか、YouTubeやPodcastでも精力的に活動。著書に『1998年の宇多田ヒカル』(新潮新書)、『くるりのこと』(くるりとの共著、新潮社)、『小沢健二の帰還』(岩波書店)、『日本代表とMr.Children』(レジーとの共著、ソル・メディア)、『2010s』(田中宗一郎との共著、新潮社)、『ハリウッド映画の終焉』(集英社新書)などがある。

■イベント情報
『映画興行分析』刊行記念トークショー
出演者:宇野維正、さやわか
日 時:2024年7月13日(土)19時~
配信サービス:Zoomウェビナーにて配信
配信期間:2024年7月13日(土)19時~2024年7月28日(日)23時59分(アーカイブ視聴可)
参加対象者:blueprint book storeにて書籍『映画興行分析』を購入した方
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