極上クライム・ムービー『密輸 1970』リュ・スンワン監督が明かす、水中アクション撮影秘話とキャスティングの秘訣
監督が語る“努力の俳優”チョ・インソンの魅力「なかなか出逢えない、格の高いアーティスト」
リュ・スンワン監督のフィルモグラフィーを語るうえで、欠かせない俳優がチョ・インソンだ。前作『モガディシュ 脱出までの14日間』、今年の10月よりクランクインが予定されている『ヒューミント(原題)』にも出演が決まっている。監督との強い絆についてチョ・インソン本人は「ご近所仲間だから」とチャーミングに語っているが、リュ・スンワン監督にしてみればこうした人間的な信頼こそが、映画作りを支える重要なキーとなっているようだ。
「映画監督って、自分の好きな俳優のタイプがあるじゃないですか。たとえば主演級を連続して担う俳優を“ペルソナ”と言うことがありますが…私は、自身の仮面のように俳優を作品で扱うわけではないんですよね。俳優と監督の関係は、ただ演出する・されるという以上に、一緒に映画を作っていく同僚、芸術的なパートナーの関係です。人間的に何か通じるポイントがあるからキャスティングしています」。
そして、自らは決して多くを語らないチョ・インソンの隠れたエピソードも教えてくれた。その言葉には、彼への深い愛情がにじみ出る。
「正直に言えば、チョ・インソンさんより演技が上手い方も、ハンサムな方もたくさんいます。しかし、彼ほど懐の深い俳優に会うのは難しい。自分の演技の上手さに決して安住せず、常に謙虚なんです。20代の頃からずっとスターとして生きてきた方なのに、新作へのキャスティングが決まると今でもダイアログコーチ(演技の基礎を指導するコーチ)とセリフの練習をするんですよ。自分が以前できなかったことを克服しようと本当に努力をするそうです。本当に格の高いアーティストなんです」。
リュ・スンワン監督がこう語るのには、多くの俳優とともに映画づくりを続けてきたヒットメーカーならではの流儀があるからだ。
「リュ・スンボムは弟というのもありますが、私がよくタッグを組むファン・ジョンミン先輩やチョ・インソンさんのような方は、出演するだけでたくさん観客動員が見込めるからとか、世界で一番演技が上手いからオファーしているのではないんです。映画を一本撮るというのは、自分の人生のうち少なくとも1年から2年を投げ打つ行為。俳優は、その時間をともにするパートナーなんです。人気のある方、すごく演技が上手な方、かっこいい方とも一緒に映画を撮ってみるのですが、結局残るのは、“人生のある時点で私たちがこの映画を一緒に作った”ということを気分良く振り返れる方々。映画を撮ることは出逢いと別れの連続ですから、時を経て再会しても当時を楽しく思い出せる方がいいですよね」。
フィルモグラフィーをひも解くと、『血も涙もなく』(02)のスジン(チョン・ドヨン)とキョンソン(イ・ヘヨン)や、『ベテラン』(15)の刑事ミス・ボン(チャン・ユンジュ)など、リュ・スンワン監督の作品にはタフで魅力的な女性キャラクターが登場してきていた。彼女たちにひそかな喝采を送っていたファンにとって、本作は待ちに待った一本でもある。一方監督自身は「ただテーマと人物とストーリーに魅了されただけで、特別な意味を持って撮ったわけではないんです」と、気負いはない。それもまた、一本の映画を誠実に撮る姿勢なのかもしれない。「すべてのことは説明不可能で、“現象”としか言えないかもしれないですね」と話した監督にとって予想できないほど、『密輸 1970』は女性のクライム・ムービーの歴史を塗り替えるムーブメントとなった。
「映画を作るということ自体、説明できないことが多いです。どんなに長い間準備していても全く進まないこともあれば、突然降って湧いたように作業ができることもあります。私が“これは私と関係のない世界”だと考えていても、ある瞬間パズルのピースのようにはまり繋がり合うこともあります。それこそが魅力ではないでしょうか。もし観客の方々が私たちの作る映画が予測できるようなものなら、それは計算して引き起こしたことだから面白くないじゃないですか。ご覧になっている方々が意味を映画を通じて意味を探していただけたら、それで十分だと思っています」。
取材・文/荒井 南