「大賞受賞者に商業映画監督デビューを確約する」という触れ込みのもと、令和の時代の新たなホラー作家の発掘・育成を目的に2021年に行われた「第1回日本ホラー映画大賞」で、見事に大賞を受賞した下津優太監督が、受賞短編を自らの手で長編リメイクした『みなに幸あれ』(23)。今年1月に劇場公開されるや大きな反響を集めた本作のBlu-ray&DVDが、ついにリリースされた。
地球上の幸せには限りがあり、誰かの幸せは誰かの不幸の上に成り立っているという都市伝説“地球上感情保存の法則”をアイディアの原点に据えた本作。物語の舞台はとある田舎町。看護学生の“孫”(古川琴音)は久しぶりに祖父母(有福正志、犬山良子)の家を訪れ、家族水入らずの幸せな時間を過ごす。しかし、祖父母の様子にどこか違和感を覚える孫。この家には「なにか」がいるという疑念が確信に変わった時、孫の身に人間の根源的な恐怖が迫ることとなる。
本作のように、都会から離れた“田舎”はホラー映画にとって格好の舞台。本作の総合プロデューサーを務めた清水崇監督の「恐怖の村」シリーズに代表されるように、都会ではとうの昔に失われた感覚がいまも残り続けていたり、閉鎖的な村社会が形成されていたり。のどかな風景のなかにただよう不穏さのアンバランスが、得体の知れない恐怖を生みだしてくれる。そこで本稿では、そんな“田舎ホラー”の特徴を的確にとらえた海外ホラーの傑作と比較しながら、本作の持つ“斬新さ”を紐解いていこう。
外界とは異なる常識や因習が、不条理な恐怖を引きだす
常に人や物事が流入・流出を続けて新陳代謝していく都会に対し、田舎では古くからその地に暮らす人々が、古くからある伝統や風習を守り続けていることも珍しくはない。そこから生じる違和感を“ホラーの種”として観客を不条理な恐怖に引きずり込んでいくのが、田舎ホラーの定番スタイルだ。
そんな忌まわしき伝統・風習=因習を描いた作品の代表格といえば、やはりアリ・アスター監督の『ミッドサマー』(19)だろう。大学生のダニー(フローレンス・ピュー)は、恋人の友人に誘われ、“夏至祭”と呼ばれる祝祭を見学するためにスウェーデンのホルガ村を訪れる。美しい景色とあたたかい人々に魅了されるダニーたちだったが、次第にホルガ村の独特な風習のおぞましさを身をもって体験することになる。
『みなに幸あれ』の舞台となる田舎では、ひとつの家に“いけにえ”となる人物を1人置くことで、不幸をすべてその“いけにえ”に背負わせて住民の幸せが守られるという、先述した“地球上感情保存の法則”を体現した因習が存在する。都会では、というよりもこの地域以外のほとんどの場所ではあり得ないようなことだが、誰もそれを疑問に思わない。さらに終盤にも、組体操のような謎めいた儀式が登場する。
下津監督は、インタビューなどでアスター監督の作品をはじめとしたA24ホラーから影響を受けたことを明かしており、『ミッドサマー』も『みなに幸あれ』の原点のひとつとなっているはずだ。すると同時に、その『ミッドサマー』のさらに原点といえる因習ホラーの名作『ウィッカーマン』(73)の存在にも辿り着く。すなわち宗教的価値観の揺らぎを通して社会を風刺した『ウィッカーマン』と同様、『みなに幸あれ』に登場するあらゆる因習は、現代の日本社会を痛烈に風刺しているとみることができるだろう。
映画『みなに幸あれ』
販売中:みなに幸あれ Blu-ray(特典:特報、予告編、オリジナル短編版) 5,500円(税込)
みなに幸あれ DVD 4,400円(税込)
発売元・販売元:KADOKAWA
[c]2023「みなに幸あれ」製作委員会
https://www.kadokawa.co.jp/product/video2228/