掟に背いたら最後、不幸に見舞われる…
ただ気味の悪い因習が紹介されていくだけではホラー映画は成立しない。そこにはその因習に対して疑問を持ったり抗うなどして、次第に“異常さ”に呑み込まれてしまう登場人物が必要不可欠であり、その存在が観客にとって感情移入の糸口となりうる。
そのような図式は、なにも因習が根付く村社会を舞台にした物語に限ったものではないだろう。例えば「13日の金曜日」シリーズなどに代表される、興味本位で誰かのテリトリーに土足で踏み込んだ若者が凄惨な殺戮の犠牲になるスラッシャー映画が古くから多数作られてきたように、最小単位で見れば“家”というものにもある種の伝統やしきたりが存在しており、そのルールや調和を乱したら最後、不幸のどん底へと叩き落とされるというのも、古きを重んじる“田舎ホラー”的なシチュエーションといえよう。
先述の下津監督が影響を受けたA24ホラーからこれに該当する作品を選ぶならば、やはりタイ・ウェスト監督の『X エックス』(22)がその教科書通りの作品であろう。6人の若者たちが、ポルノ映画の撮影をするために老夫婦の暮らす農場を借りるのだが、その老夫婦の正体は残忍な殺人鬼。彼らは次々と犠牲になっていく。その前日譚が描かれる続編の『Pearl パール』(22)もまた、パターンは違えども“家”のしきたりに背いた若い女性に降りかかる不幸が描写されている。
『みなに幸あれ』においては、先述したような因習の存在を知ってしまった孫がそれに背くように、つまり都会的な価値観をもっていけにえを解放する。ところがそこから様々な不幸が彼女の身に降りかかり、それまで普通に見えていた田舎町の景色や家族の姿がガラリと変わって見えるようになる。そんな彼女の様子は、いわゆる“ヒロインホラー”の文脈にも重ねることができ、その心情に寄り添いながら作品を観れば、さらにこの異質な世界を深く味わうことができるだろう。
閉鎖的な空間に、感情が抑圧される
外の世界からやってきた者に限らず、閉鎖的で隔絶された空間の抑圧は、そこに生きる者たちをも蝕み、やがてそれが爆発することも。M.ナイト・シャマラン監督の『ヴィレッジ』(04)では、厳格な村の掟に疑問を持った若者の行動がほかの村人たちを混乱させ、悲劇を招いてしまう。また、ロバート・エガース監督のA24ホラー『ウィッチ』(15)では、敬虔なキリスト教徒の家族が自ら抑圧された環境に身を置き、“魔女”の存在に苛まれて崩壊していく様が描かれていく。
『みなに幸あれ』の場合は、主人公である孫の伯母(野瀬恵子)が、いけにえを捧げる因習に疑問を抱いて家を離れ、山奥の人里離れたところで暮らしている。劇中で孫は彼女のもとを訪ねるのだが、そこでさらなる恐怖を目の当たりにすることとなる。また、孫に協力する幼馴染(松大航也)も同様だ。この田舎町で生まれ育ちながら、因習に背いてしまった彼にどんな結末が待ち受けているのか。その答えは映画本編で目撃してほしい。
今回発売されるBlu-rayには、特典映像として「第1回日本ホラー映画大賞」で選考委員長の清水崇監督をはじめとした選考委員たちを驚愕させたオリジナル短編版『みなに幸あれ』が収録されている。劇場公開されていないレアなバージョンとなっているため、この機会に長編版と観比べ、下津監督の力量とその進化を確認してみるのも一興だ。
数多の名作と通じる“田舎ホラー”の醍醐味がぎっしりと詰まった『みなに幸あれ』。Blu-ray&DVDで、そのじわじわ迫り来るような不気味な恐怖を隅々まで味わい、ホラー映画の新たな時代の幕開けをその目に焼き付けよう!
文/久保田 和馬
映画『みなに幸あれ』
販売中:みなに幸あれ Blu-ray(特典:特報、予告編、オリジナル短編版) 5,500円(税込)
みなに幸あれ DVD 4,400円(税込)
発売元・販売元:KADOKAWA
[c]2023「みなに幸あれ」製作委員会
https://www.kadokawa.co.jp/product/video2228/