“Jホラーの創始者”高橋洋が語る、ホラーシーンの現在。『リング』からフェイクドキュメンタリーへ
「空間が変容していく感覚が表現されていて、スクリーンに釘付けになってしまった」
そんな高橋がいま注目している作品が、『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』(1月24日公開)だ。本作は「第2回日本ホラー映画大賞」にて大賞を受賞した近藤亮太監督が、受賞短編を自ら長編映画化した商業長編映画監督デビュー作で、総合プロデュースを、「日本ホラー映画大賞」の選考委員長である清水崇監督が務めている。
主人公は、子ども時代に弟が失踪したことがトラウマとなって心に残り続け、行方不明者を探す山岳ボランティア活動をしている青年、敬太(杉田雷麟)。ある日、彼のもとに母親から弟の日向(白鳥廉)が失踪した瞬間を撮影したビデオテープが送られてきたことから、彼の同居人で霊感を持つ司(平井亜門)、失踪事件を追う新聞記者の美琴(森田想)も巻き込み、敬太はかつて弟が消えた“山”へと導かれていく。
近藤監督は映画美学校時代に高橋の授業を受講しており、高橋が監督した『霊的ボリシェヴィキ』では実習の一環として助監督も務めた、いわば“師弟”の関係。『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』もすでに鑑賞している高橋は、本作において印象的だった描写を解説してくれた。
「例えば、敬太と司が敬太の実家を訪れ、キッチンのダイニングテーブルに座って話すシーンにはすごく求心力があると感じました。長回しで撮影されているのですが、司がなんとなく握っていた野球ボールがいつの間にかこぼれ落ち、カットが変わると非現実的にいきなり出現したみたいにポンポンと床の奥に転がってゆく。いまにもなにかが起こりそうな、だんだんと空間が変容していく感覚が表現されていて、スクリーンに釘付けになってしまいました」。
夜間、薄暗い車中にいる司が美琴とリモートで会話をするシーンにも惹かれるものがあったそう。「リモートで会話する人々を描写しようとすると、普通はPCやタブレットなどデバイスを含めて撮りたくなるところですが、美琴が話しているところはデバイスの画面のみを映していたことに感心しました。画面内画面で、いわば入れ子の映像になっているわけですが、彼女の不安で引きつった表情がスクリーンいっぱいに広がることで、2人の緊張感が観客にも伝わってきますし、画面の外になにがあるのかと想像させることで、非常に忌まわしいものを感じました」。
作品の魅力を次々と挙げてくれた高橋だが、「もっと攻めていいのでは?」と感じた箇所もあったと明かす。その理由について、「近藤監督が長回しの画面からカットを割って切り返すタイミングはカチッとセオリー通りで、テクニックとしても上手い。彼の作家性もあって日常的な世界観をベースにしていることは理解できるのですが、もっと虚構の世界に振ってありえないことを成立させることにも挑戦していってほしいですね」と語り、弟子の成長ぶりに目を細めつつ、次回作でのさらなる飛躍に期待をこめる。
「いまの若いクリエイターたちが作る作品にはディテールを追求したものが多く、こだわりを掘り下げて切磋琢磨していく姿勢は一種の共闘運動を思わせますし、私や黒沢(清)監督たちが競い合っていた時代にも似たホラージャンルの盛り上がりを感じています。一方で、ホラーに特化していない一般の映画ファンが『え!』と衝撃を受けるような、視覚的な派手さのある作品にはなかなか出会えていないのも事実なので、既存の想像力をぶち破るような作品が出てくるとまたおもしろくなりますね。…といいつつ私も、世に受け入れてもらえない作品を撮っていたりもするのですが(笑)、大衆性の重要さについては、事あるごとに後輩たちには伝えるようにしています」と現状の課題を挙げつつ、新しいムーブメントが起こることへの期待を寄せた。
「『シビル・ウォー アメリカ最後の日』には、本当にヤバいものに近づくリアリティが全編に感じられた」
最後に、最近観た作品で「“得体の知れないなにか”に近づくこと」を感じた作品があったか?と尋ねると、意外にもアレックス・ガーランド監督の『シビル・ウォー アメリカ最後の日』(24)をピックアップした。
「『シビル・ウォー』は内戦状態に陥ったアメリカが舞台で、記者たちが大統領へのインタビューを敢行するためにワシントンD.C.へと向かう物語ですが、首都に近づくにつれ、無秩序に陥った街の狂った光景を目の当たりにしてゆく。この構成は『地獄の黙示録』に通じるところがあり、ジャングルの奥地で狂ってしまったカーツ大佐を大統領に置き換えたとも言えます。本当にヤバいものに近づくリアリティが全編に感じられて、変なアドレナリンが出てしまいました(笑)。あとは児童誘拐を扱った『サウンド・オブ・フリーダム』なども、ちょっと陰謀論的な危うさは感じるんですが、映画としての完成度は高かったですね」。
『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』に続いては、あまりにも有名な“ネット怪談”を題材にしたスマッシュヒット作の続編『きさらぎ駅 Re:』(初夏公開)、背筋によるカクヨム発のベストセラー小説を白石晃士監督が映画化した『近畿地方のある場所について』(2025年公開)、社会現象となった“異変”探し無限ループゲームを実写化した『8番出口』(2025年公開)など、ネット発の話題作が複数待機している国内のホラー映画シーン。高橋が待ち望んでいる世間を巻き込むようなインパクトのある作品は生まれるのか。このムーブメントの向かう先にも注目していきたい。
取材・文/平尾嘉浩