岡田准一が語る、『ザ・ファブル』で初めて挑んだ“漫画原作”と”1対100のアクション”への想い
日本アカデミー賞を何度も受賞するなど、名実ともに日本を代表する名優となった岡田准一。作品を発表するたびに、熱い視線を浴びる岡田が漫画原作ものに初めて挑んだのが、主演映画『ザ・ファブル』(6月21日公開)だ。岡田を直撃し、満を持して、本作のオファーを受けた理由について聞いた。
日本アカデミー賞の受賞後も、役者として抜群の安定感を見せてきた岡田。彼は決して安全パイに走ることはなく、独自の目利きで、丁寧かつ真摯に出演作をチョイスしてきたように思える。『関ヶ原』(17)や『散り椿』(18)など良質な時代劇では、武士の哀愁をにじませる熱演とキレキレの殺陣で映画ファンをうならせつつ、中島哲也監督作『来る』(18)では、ワイルドな演技で、新境地を開拓した。
そんな岡田が、漫画原作にトライしようと思ったのは、「近年、オファーをいただくのが、時代劇か、自分の年齢よりも上の役柄が多くなっていた」という背景があり、新しいことに挑戦する決意を固めたようだ。
「漫画原作の映画化はビジュアルがあるので、すごくハードルが高い」
岡田が演じるのは、裏社会の殺し屋“ファブル”。幼少期から殺し屋として訓練されたファブルは「どんな敵でも6秒以内に殺す」というスゴ腕の持ち主だ。そう聞いただけで、岡田によるダイナミックなアクションを期待するところだが、さらに、ある設定の妙味が加わる。ある日ファブルは、ボス(佐藤浩市)から「1年間大阪に移住し、その間は誰も殺さず一般人として平和に暮らせ」と指示されるのだ。かくしてファブルは“佐藤アキラ”という偽名で、裏社会の組織「真黒カンパニー」の庇護の下、一般人として生活し始める
小説が原作の作品には多数出演してきた岡田。原作もののハードルの高さについての持論はこうだ。
「小説が原作の場合でも、どうしても観ていただいた方から『イメージと違う』という声が上がることがあります。小説だとビジュアルがないので、それぞれの持つイメージと比べてのことになりますが、漫画原作の場合は、ビジュアルがあるので、とても難しいと感じていますし、その分、観ていただく方の期待度も上がるので、ハードルが高いことだと思います。そんな中で、原作ファンの方にも喜んでいただけるような「おもしろいものにしなきゃ」という思いが強く、チャレンジする気持ちで臨みました。原作ものを演じる時は、その役の核をつかみ、少しでも多くの方に『岡田で良かったな』と感じていただけるように演じることを考えます」。
実際に、岡田は原作のアキラのビジュアルを鑑みつつも、殺し屋としてのリアリティをいかに追求するかと、そのさじ加減を試行錯誤したようだ。「漫画だとファブルの身体は細いのですが、僕がイメージする絶対的な殺し屋は、あのくらい体格が大きくなります。戦う相手との体重差があっても負けないと思えるような肉体が必要とされるので。それが、僕のなかでは、“核を守る”ということでもありましたし、演じるうえで説得力をどう出していくかを考えました」。
しかし、役にアプローチしていくうえで、漫画からヒントを得られたこともあったようだ。それは「殺し屋のプロとして生きているという軸を、ちゃんと持って演じたい」と思った岡田の心を捉えた、漫画の数コマだった。
「アキラが『(来年も)正月を迎えられるか』と言っているシーンを漫画で読んで、アキラの表情を見た時、ああ、ファブルって、そんなに死を近くに意識していたんだと感じました。漫画(画)があると、そういう役の深いところまで知ることができるのか、と思い、それを心の支えに演じました。劇中にはそういう具体的な表現はないのですが、ファブルがどこで達観しているのか、物悲しいと思っているのか、僕にはわからないけど、そういう寂しさみたいなものがあるんだと想像できました」。
「真夏に暑くて本当に大変な撮影でしたが、すべてのシーンを自ら演じています」
もう1つ、本作で岡田が初めてチャレンジしたことがある。それは、後半でファブルが大勢のヤクザを相手に格闘するシーンだ。
「大勢に囲まれての戦いは日本特有のものだと僕は思います。アクションを勉強したこともありますが、通常は、1、2、3と打撃をしたあと、なにか受難を作り、そこから5、6と攻撃することで、どんどん観ている人を引き込ませ、アクションの世界を作っていきます。でも、それをすることが難しい場合は、100人くらいを投入し、とにかく画を派手にする方法を取ります。相手が大勢だと伝えるのが難しいので、できるだけ一手一手の構図や動きを工夫していくことが大事なんじゃないかと思って臨みました。カリ、ジークンドー、USA修斗など、武術や格闘技のインストラクター資格を持ち、これまでも様々な作品でアクションに携わってきたという、リアルなアクションを知り抜いた岡田ならではの発言でもある。
本作のアクションは、ファイトコレオグラファーとして「96時間」シリーズのアラン・フィグラルズを招き、日本からも「るろうに剣心」シリーズのスタントなどで知られる富田稔率いるスタントコーディネーターチームが参加し、さらに岡田も自らスタントをこなしただけではなく、アクションの提案を行っている。
「あの“1対100”で戦うシーンは、富田さんが土台を考えてくれて、そこから間を作ったりして、変えていったんですが、そこを構成していくのにも苦戦しました。今回はとにかくどのアクションシーンも、撮影ギリギリまで観ていただく方に楽しんでいただける最善のものを目指して、現場で話し合いながらシーンを構築していきました。ファブルは覆面をしていたし、真夏に暑くて本当に大変な撮影でしたが、すべてのシーンを自ら演じています」。
岡田自身がアクションを本気でやりたいと思って挑んだのが「SP」シリーズだった。「動けるうちにいろいろやりたいなと思って『SP』にチャレンジしたのですが、そのあとお声をいただくことが多くなったのが時代劇のスタッフさんでした。そういう意味では、今回久しぶりに現代劇のアクションをやれた感じで良かったです」。
ただ、『ザ・ファブル』の醍醐味はアクションだけではない。アキラの極端に猫舌な点や、少し変わった育てられ方をしたので、焼き魚を頭から丸ごと食べてしまうといったおちゃめな一面が笑いを誘う。「木更津キャッツアイ」シリーズや「タイガー&ドラゴン」など、宮藤官九郎作品で、コミカルな演技も見せてきた岡田だが、映画で笑いを取るキャラクターは久しぶりである。
「コメディはすごく難しいので、過去に宮藤さんの作品で鍛えられたことは、今回の作品で役に立って良かったです。なぜなら1回目はスタッフさんが皆笑ってくれるけど、10回くらいやると、もう誰も笑わなくなるんです(苦笑)。10回あったら8回は滑っている感覚になるんですが、そこを今回思い出しました。でも、楽だったといえば楽でしたよ。僕はあまりリアクションをしない役柄だったので」。
岡田は「シビアな部分とコメディ、アクションを上手いバランスで見せるというのが『ザ・ファブル』の終着点だったと思います」と言うが、本作を観れば、大いに納得。まさにこれまでの岡田が培ったいろいろなスキルが最大限に活かされた快作となった。
取材・文/山崎 伸子