『きみと、波にのれたら』湯浅政明監督、「僕のヒーローは大友克洋さん、宮崎駿さん。そしてもっと身近にも…」
「片寄さんの第一声はイメージが違った。でもどんどん波に乗ってきた」
ひな子役には、女優の川栄李奈。港役にはGENERATIONS from EXILE TRIBEでボーカルを務める片寄涼太が抜てきされた。声優が本業ではないキャスティングは、「キャラクターと、演者の人柄が重なってくる」ことのおもしろさが大きな理由だという。
「『夜は短し歩けよ乙女』の星野源さんもそうなんですが、キャラクターと演じる人が重なって見えてくることがあるんです。声優さんのように役柄に合わせて演じわけるのだけではなく、ご自身のスタンスや、その方の個性が大事になってくる。例えば今回の川栄さんだと、演技力ももちろんありますが、『ひな子のように、人に憎まれないキャラクターってどんな感じなんだろう?』と考えていた時に浮かびあがってきたキャスティングです」。
片寄についても「片寄さんは本当にかっこいい。顔がめちゃくちゃ小さいんですよ(笑)。そしてものすごく誠実な印象」と、やはり港と重なる点があったようで、「実は片寄さんの第一声目が、ちょっとイメージと違って。『あれ?想像と違うな』と不安になったんです。でも普通にしゃべっている声を聞いたら、『それ、それだよ!』と思って。いつもしゃべっている感じでやってもらったら、片寄さんらしい部分が港に反映されて、ものすごくよかった。どんどん波に乗って行きました」と満足げな表情。「とにかく皆さん人柄がすばらしくて、スタッフ陣も『本当にいい子たちだよね』と感心して、気持ちよく仕事ができました」と話す。
「アニメーターでも、頑張っている人にちゃんとお金が行くようになってほしい」
「片寄さんはアイデアも出してくださって、ひな子と港が2人で歌うシーンは彼の提案が発端」とのこと。「役者さんの演技に対して『こうきたか』と思うこともあって、それに合わせて絵を変えたところもあります。クーッと怒るシーンかと思いきや、実際に演じてもらったら、そんなに怒る感じではないんだって気づいて、ちょっと表情を緩めてみたり」。またGENERATIONSの歌う主題歌も劇中に多く登場するが、「雰囲気などをオーダーして出来上がってきたものが、青春ものとしてぴったりの曲だった。最初はちょこっと使うつもりだったんですが、『ここにも曲があるといいな』と思った結果、たくさん入れさせてもらった」と述懐。「アニメーターさんの絵もそうですが、いろいろなセクションが出してきたものに刺激を受けて、また調整してゆくのも監督業の醍醐味です」と当初の予想を超えていく瞬間が楽しいという。
自信の持てなかったひな子が、必死に前に進もうとする。不器用なひな子に、湯浅監督はこんな想いを託していた。「いまの時代、したたかというか、なんだかみんなうまく生きているなあと思うんです。昔は嫌な上司がいると反発したりする感じがありましたが、いまはみんなニコニコしている。裏ではすごく怒っていたりするんですけど(笑)。『いまはそうやって生きないと損だ』と世間にうまく合わせて生きるのか、『そういう世界だとしても、自分はこうしか生きられない』という生き方があったとしたら、僕は後者のほうが好きで。そういう人が不遇な目に遭っていると、かわいそうだなと思う。頑張っている人が、きちんと報われるといいなと思うんです。例えばアニメーターでも、頑張っている人にちゃんとお金が行くようになってほしい」。
「キャラクターデザインの小島崇史さんや美術監督の赤井文尚さんは、僕にとってのヒーロー」
不器用だけれど純粋なひな子を振り返りながら、湯浅監督は「誰かは誰かのヒーローになれる。自分が頑張っていることで、実は周囲の人を助けていたりもする。それだってヒーロー」と本作に込めたテーマを明かす。
世界を魅了するクリエイターとなった自分自身のヒーローについては「大きな意味で言うと、漫画だったら大友克洋さん、アニメだったら宮崎駿さん」と告白。「宮崎さんは『千と千尋の神隠し』以降の作品を観て、『やっぱりこの人は、僕のヒーローだ』と思った。理詰めの部分もありながら、そうではない部分で観客を圧倒している。こんなことができるんだって、憧れます。観客を引っ張っていく力がものすごいですよね。理屈もエンタテインメント性もあって、すべてをパワーで凌駕している。あれだけパワーのある人はいないですから」。
「でもヒーローって、もっと身近にいるものでもあって。先ほど言ったように、うまく楽したほうが得するような世の中でも、きちんと、頑張って生きている人たちがいる。本作のキャラクターデザインと総作画監督の小島(崇史)さんや、美術監督の赤井(文尚)さんも、僕にとってそういう存在です。つい楽なほうに流れたくなるけれど、彼らを見ていると『僕も頑張ろう』って思う」。
「リアルなものを部品にして、ありえないものを描くのがおもしろい」
ヒーローと思えるスタッフ陣と、感動のラブストーリーを作り上げた。シンプルなストーリーと言えど、湯浅監督らしい、アニメーションでしかできない映像表現も盛り込まれた本作。とりわけ、ひな子がサーフィンで夜空を駆けるクライマックスは圧巻だ。
湯浅監督は「今回はファンタジー感を抑えめにして、物語を描いているので、最後にああいったシーンを入れるのは不安でもあったんです。でもやっぱり、大きなことをなにかやりたいという気持ちがあって。どうしても、スペクタクルがほしくなる(笑)。ジョン・カーペンター監督の映画『エスケープ・フロム・L.A.』でスティーブ・ブシェミがサーフィンするシーンや、アニメ『スペース ダンディ』では三原(三千夫)さんも宇宙を舞台にサーフィンを描いていたんですが、海ではないところでサーフィンをすると笑える感じになってしまうのかなと不安もあった。でも今回、観てくださった方々がわりと受け入れてくださっているようで、安心しています」とニッコリ。
カタルシスあふれるシーンを生みだす発想力にも驚かされるが、「リアリティとそこからの飛躍を大事にしている」と語る。「そのシーンでは、水と火が大事な要素になりますが、『水ってどういう法則性で落ちてくるんだろう』など、説得力を持たせる方法はしっかりと考えました。誰もが知っているリアリティを盛り込むのが肝心だと思います。そこからこんなことがあったらおもしろい、と飛躍させていく。リアルなものを部品として、ありえないことを描いている感じですね。そういうことが、自分を含めたアニメーターにとってもおもしろいと思います。シーンとしてもストーリーとしても、発見や感動の詰まった作品になったと思っています」。さわやかな青春ストーリーから、しっかりと“生きる力”が浮かび上がる本作。ダイナミックなクライマックスまで、たっぷりとスクリーンで堪能してほしい。
取材・文/成田 おり枝