「社会全体は難しくても、若者に影響を…」新海誠監督と川村元気が『天気の子』北米プレミアで対談イベント
今年3回目の開催となった「アニメーション・イズ・フィルム・フェスティバル」内で『天気の子』(公開中)の北米プレミアが行われた。2回の上映チケットはすべて前売りで完売、満員御礼となったプレミアに引き続き、新海誠監督、川村元気プロデューサー、米映画誌「Varitey」のピーター・デブルージ氏を迎えたトークイベントが開催された。映画祭の会場であるTCLチャイニーズシアターと同じ敷地内にあり、日本文化をあらゆる側面から紹介するジャパン・ハウス ロサンゼルスのサロンで行われたトークイベントには、ロサンゼルスの映画業界、アニメーション業界に従事する業界関係者が参加。イベント後に行われたレセプションでは、日米の映画業界、アニメーション業界の境界線を越えた議論が活発に行われた。『天気の子』は、21日に行われた映画祭の受賞作品発表で、観客賞に輝いている。
トークイベントの前に挨拶に立ったアメリカの映画配給会社GKIDSのエリック・ベックマン代表は、「アニメーション・イズ・フィルム・フェスティバルは、アヌシー国際アニメーションフェスティバル、『Variety』誌、そしてGKIDSの三者で設立した映画祭です。アニメーションは子ども向けのメディアではなく、実写映画と同様に映像表現の一つとして認知してもらうために設立しました。日本のアニメ―ションを熟知している人たちは、宮崎駿、高畑勲、細田守、そして新海誠といった映画作家たちが、子ども向け映画としてではなく“映画”として作品を作っていることを既にご存知だと思います。今年の映画祭は『天気の子』で幕を開けましたが、すばらしいことに、本作はアカデミー賞国際映画賞の日本代表であり、長編アニメーション部門にもエントリーしています。アニメーション映画にとってすばらしい年と言えます」と挨拶した。
イベント内でデブルージ氏が日本のアニメーション業界における宮崎駿の影響を問うと、新海監督は「宮崎監督は僕たちにとっても伝説的な存在で、いまでも新作映画を作っていらっしゃいます。けれども、日本だと『“ポスト宮崎”は誰だ?』と話題になったりします。僕は、ポスト宮崎はなかなか存在しないと思います。宮崎監督は唯一の存在であり、誰かが宮崎さんの代わりになれるような存在ではないですね。宮崎さんはアニメーションによって、ある種日本の社会を変える、人々の価値観を作るようなことをしてきた人だと思うんです。僕は自分自身が同じことができるとはとても思えない。ただ、ある世代に向けてならば、影響を与えられるような気はしています。社会全体を変えることはできなくても、ある世代の若者になにかポジティブな影響を与えることができれば…というのは、自分が願っていることでもあります」と答えた。
さらに、日本において宮崎監督の影響下ではないところでアニメーション作品を作ることについては、「日本ではずっと、大衆に受け入れられるオリジナル・アニメーションをみんなが探していて、それができているのが宮崎さんだけだった。宮崎さんのような作品でなければ、大衆にはヒットしないのではないかという気分がずっとありました。そんななか、『君の名は。』は宮崎駿とはまったく違うアプローチで作った映画でした。最初にロックサウンドのオープニングをつけて、ジブリとはまったく違う映画だとアピールするような作り方をしました。それが思いもかけないヒットになったことで、宮崎さんと違うことをやっても大衆に観てもらえるんだ、と自信になりました。ただ、『君の名は。』のようなものを繰り返し作っていくのが良いのかというと、そうでもない。いまは(アニメーションの)ゴールデンエイジかも知れませんが、同時に方向性を迷っている状態。ジブリじゃない方向もありだということはわかったのですが、その方向は『君の名は。』以外にどこにあるのだろう、そんなことをいろいろな監督が考えているのではないか、そういうタイミングなのかなと僕は思います」と述べた。
続いて、『君の名は。』(16)と『天気の子』両作を手掛けた川村元気プロデューサーは、「簡単に言うと、“宮崎駿的”な監督は、結局出てこなかったと思います。新海誠監督のように、そこからブレイクスルーする監督が今後現れるかというと、まあ、いないだろうなと。あるとしたら、宮﨑監督や深海監督とはまったく違うアプローチで映画作りをする人がブレイクスルーすることを個人的に想像しています」と付け加えた。
『君の名は。』は、「スター・ウォーズ」シリーズなどを手掛けるJ・J・エイブラムスの製作会社によってハリウッド実写版が進行中だ。デブルージ氏の「日本及び世界での成功が、新海監督と川村プロデューサーにもたらしたものはなんだったのだろうか?」という質問に対し、川村プロデューサーは「『君の名は。』のおかげで映画を作りやすくなったのかと言われると、『そう簡単ではないかな』と感じています。必ずしも同じようなヒットや評価が生まれるかというとそうではない。日本でのアニメーションの作り方は、ディズニーを代表するようなスタジオシステムとは違って、非常に俗人的というか、個人の力に依るところがすごく大きい。だから、むしろいろいろな作品が出てくるけど、その中から抜きん出たものを作るには、どうやって個人の力を結集したものにするのかがポイントになると改めて感じた」と答え、新海監督は「僕自身のチャンスに関して言うと、『君の名は。』があったことにより、思い切った映画作りができるようになりました。『君の名は。』を作っていなければ、『天気の子』は映画会社からOKが出ないような映画だったと思います。例えば世界が狂ったとして、その世界を狂わせた敵のボスを倒して世界を元に戻しました、というのがオーソドックスな物語だとしたら、『天気の子』はそれとまったく違う展開を辿る物語です。もしかしたら、観る人を傷つけるかも知れないし、不快にさせるかも知れない、そういう要素を持っている映画です。ただ、それを作らせてもらって日本で大きな規模で公開できたのは、『君の名は。』で得た信頼や観客がいたからこそだと思います」と述べた。
『天気の子』は、2020年1月17日(金)に北米劇場公開予定。北米配給は、先日スタジオジブリの全作品をHBO Maxで世界初ストリーミングする契約を結んだGKIDSが手掛ける。同作品は、現地時間2020年2月9日(日)に行われる第92回アカデミー賞において、国際映画賞の日本代表作品としてエントリー中。今作を含む世界93カ国からエントリーされた作品のうち、選考委員会によって選ばれたショートリスト作品10本が12月16日(月)に発表になり、最終ノミネート作5本は、2020年1月13日(月)に発表される。また、外国語映画賞と同時に長編アニメーション賞にもエントリーしており、候補作32本のうち5本の最終ノミネート作が同じく2020年1月13日に発表される。
取材・文/平井伊都子