【氷川竜介による作品解説】人の脳を活性化させる『AKIRA』のエネルギー(後編)
音楽とアニメーション哲学の共鳴がもたらす効果
さて、アニメーション映画で漫画にはない要素とは何だろうか。それは「動き」「実時間」「色彩」だけに限らない。「音(声・効果音・音楽)」もまた、重要な役割を果たしている。『AKIRA』では役者の音声を先行して録音するプレスコ方式を採用し、リップシンクロを実現したうえで、声の演技に合わせて作画のニュアンスを調整している。「音」を極めて重視し、映像の従属物ではなく、より主張と独立性のあるものとして扱っているのである。
この考え方は音楽においても同じことが言える。欧米の映画音楽では「悲しいシーンでは哀調のある音楽を」「戦闘シーンには激しい音楽を」というフィルム・スコアリング方式が主流である。しかし音楽監督、山城祥二(芸能山城組)は、大友克洋監督と作品の世界観がもつフィロソフィーを読み解き、西洋音楽の楽器は控えめにして作曲と演奏にあたった。バリ島のガムラン、ジェゴグなど金属や木材の出す民族楽器特有の高周波、あるいはケチャや声明(しょうみょう)など「肉声の共鳴」を重視しているのだ。
そして『AKIRA』では、メディア変遷のたびに音源の更新が行われている。これも他に類例が乏しい、特筆すべき点だ。「リマスター」とは言えるが、一般より複雑な作業が行われている。収録できるスペックの向上に合わせてマルチレコーダーによるオリジナル音源から再ダビングを行い、定位やアンビエントなどを微細に調整して「画の動き、色彩、言葉、音楽」の相乗効果を最大限にするよう、芸術的に再調整しているのである。
ことに今回は「192kHz・24bitで作成した音源にウルトラ処理を施した全く新しい音源を収録」とされている。もう何度も観た映画なのに、ふとしたシーンで画と音の同調が高まり、没入感が増しているのである。4Kスキャンニングにより、暗部で見えづらかった背景に描きこまれたパイプやダクトなどの細部がより明瞭に見えて、思わず身体が前のめりになる効果に、この「音の存在感」が加わることで、新鮮さが感じられるのである。
それは鉄雄の暴走を中心として映画内で描かれている「人の脳に潜むパワーとエネルギーの解放」というテーマにも同調した、ベストマッチの効果である。山城祥二は科学者、大橋力と同一人物で、『ハイパーソニック・エフェクト』(岩波書店)などの著書で「音楽による脳の活性化」の研究成果を発表している。特に民族楽器や人の声に含まれる可聴域を超える周波数成分(20kHz以上)が、人の脳に心地良さをもたらし、生理活動を高めるという大橋理論は、『AKIRA』が驚くべき破壊表現と表裏一体として描いている「人の秘めたエネルギー、その可能性の解放」に通じるものではないか。
CDのクオリティは「44・1kHz・16bit」で、「人には聞こえない」とされる周波数成分はカットされていた。しかし今回はオリジナルに収録されていた情報をフルに収録することで、「科学と芸術の融合」の真の姿に近づくに違いない。それは「人の潜在能力の解放」という物語内容を表現しつつも、観客各人の脳へ主題を奥深く浸透させて活性化へ導き、明日からの生き様を変革させるものとなるだろう。
こうした「新しい試み」が、『AKIRA』という物語の時代設定に同期して行われることも、運命的である。しかも最新映像技術に適合させた「『AKIRA』新アニメ化プロジェクト」も進行中だという。その前哨戦としても、今回の最高スペックによる再現は意味が大きい。
画も音も、あらゆる点でマンパワーを結集し、破壊と再生を表裏一体として描いた映画『AKIRA』は、こうして現在進行形で現実世界を活性化しつつある。作品の外へ飛び出て、時代と国境を越えて拡がる「AKIRAワールド」は、世界と人生を豊かに変革するエネルギーの坩堝なのである。(文中敬称略)
文/氷川竜介【DVD&動画配信でーた】
■「AKIRA 4Kリマスターセット」4K ULTRA HD Blu-ray & Blu-ray Disc
2020年4月24日(金)発売
価格:9,800円+税抜
[特典]
●特典ディスク(Blu-ray)
・AKIRA SOUND MAKING 2019
・AKIRA SOUND CLIP BY 芸能山城組
・エンドクレジット(1988年公開版)
・絵コンテ集(静止画)、劇場特報、予告集
●特製ブックレット(岩田光央×佐々木望×小山茉美×草尾毅×明田川進によるスペシャル座談会などを収録)
※氷川氏による解説の全文は『AKIRA 4Kリマスターセット』に封入される特製ブックレットで読むことができます。 https://v-storage.bnarts.jp/sp-site/akira/