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全編“墨絵”のアニメーションで生まれ変わった傑作小説…『ヴィル・ヌーヴ』が創出する陰影に引き込まれる

コラム

全編“墨絵”のアニメーションで生まれ変わった傑作小説…『ヴィル・ヌーヴ』が創出する陰影に引き込まれる

『アンドレイ・ルブリョフ』が導きだすキャラクターの内なる心理

劇中では、エマとユリスがロシアの巨匠、アンドレイ・タルコフスキーの『アンドレイ・ルブリョフ』(69)を観に行くシーンがあり、この作品と同じく、クライマックスで“鐘”をアクセントにするなど、重要なモチーフとしてフィーチャーしている。本作との結びつきについても語ってもらった。

「私自身が『アンドレイ・ルブリョフ』から強い影響を受けている背景があります。この作品に私が感じるのは、登場人物たちが持つ欲求や恐怖、緊張感、野望などで、それらが芸術的に表現されているのです。ケベックの独立運動や『シェフの家』のジョセフとエマの関係にもそれと通じるところがあると思いました。『新しい街 ヴィル・ヌーヴ』でもこれらの要素があることを示したかったのです」

窓に写り込む海なども墨だけで表現している
窓に写り込む海なども墨だけで表現している[c]L'unité centrale

『アンドレイ・ルブリョフ』とは15世紀初頭のモスクワ大公国を舞台に、イコン画家アンドレイ・ルブリョフの苦悩を描く歴史大作。劇中で罪を犯したルブリョフは絵筆を折り、沈黙の誓いを立ててしまう。そんなルブリョフを観て、夫妻の息子ユリスが「愚痴ばかりだ」と口をこぼす。

これに対しラペリエール監督は「ルブリョフのように実存的な危機に陥っていないと、表面的には文句ばかり言っているように見えるのかもしれません(笑)。しかし、ユリスのこの言葉には父への批判があります。ルブリョフとジョセフには似た部分があり、両者ともに現実に幻滅していて、絶望してもいます」と説明。息子から愛想を尽かした父への思いがあることを明かしている。

ジョセフが息子ユリスと相対する
ジョセフが息子ユリスと相対する[c]L'unité centrale

絵を描くことを辞めてしまったルブリョフは、鋳物師の息子が作り上げた鐘が鳴り響くのを耳にし、再び絵筆を握る決意をする。『新しい街 ヴィル・ヌーヴ』では、現実と違い1%差でケベック州の独立が可決される。街中が歓喜に沸くなか、ジョセフは教会の塔を登り、鳴り響く鐘のそばでユリスと相対する。このシーンにはどのような意味があるのだろうか?

「全編を通して、ジョセフたちは究極の現実を突きつけられているのですが、この場面でセカンドチャンスが与えられ、可能性が開けていくのだと私は考えています。父と息子が再会を果たし、鐘を鳴らすことで、なにか新たな希望を見いだすことになるのです」

物語の舞台であるケベック州は独立を巡る住民選挙で沸き立っていた
物語の舞台であるケベック州は独立を巡る住民選挙で沸き立っていた[c]L'unité centrale

墨が用いられた白黒の映像やジョセフとエマの関係にある“陰影”にも引き込まれていく『新しい街 ヴィル・ヌーヴ』。ラペリエール監督が創出する全編にわたる詩的な世界観をスクリーンで体験してほしい。

取材・文/平尾嘉浩(トライワークス)

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