これぞ理想のジェームズ・ボンド!?ピアース・ブロスナン扮する5代目は“万能型”
4代目ジェームズ・ボンド、ティモシー・ダルトンの『007/消されたライセンス』(89)の興収成績が期待外れに終わった後、「007」シリーズは変革を余儀なくされていた。折しもソ連の崩壊により、東西冷戦下の国際情勢を前提にしていた世界観が一変。そして何よりマンネリ化によってブランドの輝きが失われつつあったこのシリーズは、あらゆる面において現代的なアップグレードの必要を迫られていた。
そんなシリーズの存亡さえ懸かった重大なターニングポイントで、5代目ボンドに就任したのはピアース・ブロスナン。1980年代にもボンド役をオファーされたことがあり、当時すでにテレビシリーズ「探偵レミントン・スティール」で人気を博していたアイルランド人俳優は、まさに満を持しての登板だった。
ブロスナンのお披露目作となった第17作『007/ゴールデンアイ』(95)は、当然のように東西冷戦の終結を反映したストーリーだ。混迷するロシアで台頭した犯罪組織ヤヌスが、旧ソ連時代に開発された秘密兵器プログラム“ゴールデンアイ”を強奪。MI6から派遣されたボンドが、ヤヌスの巨大な陰謀に立ち向かう姿を描き出す。
偉大な先任者たちであるショーン・コネリーのワイルドなセクシーさ、ロジャー・ムーアの優雅さとユーモアなどの魅力をバランスよく体現したブロスナンは、いわば“万能型”のボンドである。激しいアクションからロマンティックなラブシーンまでソツなくこなしつつ、気の利いたジョークをさらりと連発。『007/ゴールデンアイ』の序盤では、秘書のマネーペニーからセクハラ的な言動をたしなめられ、厳格な上司のM(ジュディ・デンチ)からは「あなたは女性蔑視の太古の恐竜で、冷戦時代の遺物よ」と手厳しく批判されるシーンがあるが、ブロスナンはボンドの伝統的な約束事と新たな現代性を演じ分ける器用さを備えていた。
『007/ゴールデンアイ』はサンクトペテルブルク市街地での破壊的な戦車チェイス、巨大パラボラアンテナを舞台としたクライマックスの死闘など豪快な見どころも満載の快作だが、観る者を最も仰天させるのは悪のボンドガール、ゼニア・オナトップ(ファムケ・ヤンセン)の暴れっぷりだろう。異常な変態性癖を秘めたオナトップの太股による胴締め攻撃にボンドが悶絶するシーンは、このシリーズにおける女性キャラクターの立ち位置の変化を象徴していた。善のボンドガールであるロシア人プログラマー、ナターリア(イザベラ・スコルプコ)のアクティブな活躍ぶりも目覚ましい。
かくして『007/ゴールデンアイ』の興行的な成功は、東西冷戦の終焉によってスパイ映画というジャンルそのものが成り立たなくなるのではないかという懸念への一発回答にもなった。そして『007/トゥモロー・ネバー・ダイ』(97)、『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』(99)、『007/ダイ・アナザー・デイ』(02)の全4作でボンドを颯爽と演じたブロスナンは、シリーズの変革というミッションに大きく貢献。いまなおファンの間では「彼こそは理想のボンド俳優」と称える声が尽きない。
文/高橋諭治