アジア映画の潮流を追う!ジャ・ジャンクー×黒沢清ら名匠たちによる対談実現
10月31日~11月9日(月)にかけて、東京は六本木エリアほかで開催される第33回東京国際映画祭。国際交流基金アジアセンターとの共催により、海外渡航が制限される状況に鑑みて、アジアの第一線で活躍する映画人たちが、オンライン形式で様々なテーマについて議論を交わすトークシリーズ「アジア交流ラウンジ」を実施している。4日までに登場する映画人たちについて紹介した前半コラムに続いて、今回は全8日間の後半(11月5日~8日)に登場する豪華ゲストを紹介し、注目ポイントなどを解説したい。
力強いメッセージ性で難題に向き合い続ける…モーリー・スリヤ × ヤン ヨンヒ
5日(木)はインドネシアのモーリー・スリヤ、在日コリアン2世のヤン ヨンヒという女性監督同士の顔合わせとなった。
スリヤ監督は、『マルリナの明日』(17)がカンヌ国際映画祭を皮切りにアメリカやカナダ、日本など世界各国で劇場公開され、第18回東京フィルメックス最優秀賞を受賞したほか、第91回アカデミー賞外国語映画賞にインドネシア代表として出品されている。7人の強盗に襲われ、返り討ちにした未亡人の主人公が、鉈と刎ねた首を手に、正当防衛を証明するため警察署へ向かう姿を追う本作。照りつける太陽に殺伐とした荒野、マカロニ・ウエスタンの音楽もあり、インドネシア流西部劇=“ナシゴレン・ウェスタン”とも言うべき新たなジャンルを開拓した。
かたやヨンヒ監督は、安藤サクラや井浦新らを迎えた『かぞくのくに』(11)で、その名を知った人も多いはず。本作は、北朝鮮の“帰国事業”で半島に渡った在日コリアンの男性が、脳腫瘍の治療のため、25年ぶりに日本の家族のもとへ帰るという物語。久々に再会を果たした家族の絆を描きながら、在日の人たちの苦悩や政治的な闇にもメスを入れ、数多くの賞に輝いた。ヨンヒ監督にも帰国事業で離ればなれになった3人の兄がおり、過去にも在日本朝鮮人総連合会の幹部だった両親にカメラを向けたドキュメンタリー『ディア・ピョンヤン』(05)、平壌に暮らす兄の娘の成長を記録した『愛しきソナ』(09)を手がけるなど、家族や謎めいた北朝鮮を題材に映画作りを行っている。
母国に残る男性優位な社会への問題提起を、エンタメ要素も織り交ぜた作品として昇華したスリヤ監督と、家族への複雑な思いや自身のアイデンティティと向き合い続けるヨンヒ監督。それぞれ作家性は異なるが、力強いメッセージ性で観客の心を捉えるという点では共通する。女性ならではの視点でいかなる映画談議を繰り広げていくのか。これまでの製作現場での経験からいま最も関心のある題材まで、興味の尽きないトークになりそうだ。
もぎりの仕事が共通点?の異色の組み合わせ…ツァイ・ミンリャン × 片桐はいり
6日(金)は、台湾の鬼才ツァイ・ミンリャンと個性派女優の片桐はいりという異色の組み合わせとなった。ツァイ監督はデビュー作『青春神話』(92)以降、『愛情萬歳』(94)や『河』(97)、『西瓜』(05)などを手がけ、カンヌ、ヴェネチア、ベルリンなど主要な映画祭で高評価を獲得してきた俊英。脚本を俳優に渡さずに場面ごとに演出したり、スローなカメラワークなども特徴とし、台湾に生きる人々を抑制された独自の作風で描いてきた。
長編第10作『郊遊 ピクニック』(13)で商業映画から引退し、美術館に展示するアート作品の制作に活躍の場を移していたが、『あなたの顔』(18)で復帰。この作品は、市井の人たちの顔をズームで撮り続けるという意欲作で、音楽で坂本龍一が参加し、今年の夏に日本でも公開されるとファンの熱い視線を集めた。
そんなツァイ監督の相手を務める片桐は、『かもめ食堂』(05)や『小野寺の弟・小野寺の姉』(14)、本映画祭でも上映される『私をくいとめて』(12月18日公開)などに出演。名脇役として映画やドラマ、舞台になくてはならない貴重な存在だ。一方で、俳優業の傍ら、デビュー前にアルバイトで行っていた映画館のもぎりの仕事をいまも無償で続けており、著書「もぎりよ今夜も有難う」を出版している。
実はこの2人、2014年に渋谷のシアター・イメージフォーラムでツァイ監督の『河』の特別上映会が催された際、舞台挨拶で共演したこともある仲。当時は『郊遊 ピクニック』が日本で上映されるタイミングで、ツァイ監督が引退を公表したばかりだった。その時、監督の大ファンという片桐が「また映画を撮ってくれますか?」と撤回を望むコメントをしていたこともあり、実際に復帰を果たした彼にどのような言葉をかけるのかが気になる。
またツァイ監督も、ツァイ監督作品常連俳優のリー・カンションと一緒に、台湾の街頭でチケット売りを行ったことがあるという。ユニークな共通点を持つ両者だけに、和気あいあいとした対談になりそうだ。ひょっとすると、もしツァイ監督が片桐を自作に起用するとしたら…という仰天プランも語られるかもしれない。
現代のアジアを代表するフィルムメーカー2人が登場!ジャ・ジャンクー × 黒沢清
7日(土)は、いまや現代のアジアを代表するフィルムメーカーとなった2大監督の超ビッグ対談と言って差し支えないだろう。中国のジャ・ジャンクーと黒沢清が顔を合わせることとなった。
ジャ監督は大学の卒業制作で撮った『一瞬の夢』(97)がいきなり、初長編作品ながら第48回ベルリン国際映画祭のフォーラム部門に出品され、新人監督賞と最優秀アジア映画賞を受賞するなど、早くからその才能が高く評価されてきた。ダム建設によって水没する古都に住む人々を映し、第63回ヴェネチア国際映画祭金獅子賞に輝いた『長江哀歌(エレジー)』(06)をはじめ、とある母子のつながりを3つの時間軸で描く『山河ノスタルジア』(15)、やくざ者とその恋人の17年間の軌跡を辿る『帰れない二人』(18)など、急激な発展をとげた21世紀の中国社会を背景にした叙事詩的なドラマを紡ぎ続けている。
対する黒沢監督といえば、公開中の『スパイの妻 劇場版』が先日の第77回ヴェネチア国際映画祭で監督賞を受賞したことも話題に。第10回東京国際映画祭のコンペティション部門に出品した『CURE』(97)はフランスやオランダでも上映され、『回路』(01)が第54回カンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞するなど、海外での人気が高い日本人監督の1人だ。『LOFT ロフト』(05)や『叫(さけび)』(06)、『クリーピー 偽りの隣人』(16)といったホラー、サスペンスのイメージが強いが、オダギリジョーと浅野忠信が共演した『アカルイミライ』(02)や、前田敦子がウズベキスタンを旅する『旅のおわり世界のはじまり』(19)のような、一風変わった青春ストーリーも手がけるなど、そのジャンルは多岐にわたる。
アジアの枠を超えてともにヨーロッパで高く評価され、フランス資本の映画を撮った経験もある両者だけに、映画祭が果たすべき役割についてや、今後の国際的な映画作りを巡る展望など、多彩な議論や提言を聞くことができそうだ。黒沢監督からジャ監督に向けて、ビー・ガンやディアオ・イーナンといった新世代監督たちの台頭が目覚ましい中国の映画事情についての質問もあるかもしれない。
映画と歴史、戦争にまつわる重厚な対談に期待…リティ・パン × 吉田喜重
最終日の8日(日)は、リティ・パンと吉田喜重が相見える。“人形”をモチーフにして、母国カンボジアのポル・ポト政権下で起こった大量虐殺の歴史に迫った『消えた画 クメール・ルージュの真実』(13)が第66回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品され、グランプリを獲得したパン監督。ドキュメンタリー作品を中心に制作し、タイのカンボジア難民キャンプに迫った初監督作『サイト2』(89)や、『消えた画 クメール・ルージュの真実』に続いてポル・ポト政権の過ちを語る『名前のない墓』(18)など、作品を通じて母国の悲惨な歴史を映像に残そうと努めてきた。一方で、東京国際映画祭と同時期に行われる第21回東京フィルメックスの特別招待部門で上映される最新作『照射されたものたち』(20)では、広島と長崎の原爆投下やナチスのホロコーストなどを題材にしているようだ。
吉田監督は大島渚や篠田正浩らとともに松竹ヌーヴェルヴァーグの一翼を担い、創造性あふれる前衛的な作品を長きにわたって発表してきた名匠。実在の刺殺事件を題材に、大正時代と現代(昭和40年代)の風俗と人物を、時間軸と空間軸を交差させて描いた大長編『エロス+虐殺』(70)や、二・二六事件により処刑された北一輝の物語を描く『戒厳令』(73)で海外での人気も確立。現段階で最後の長編監督作となる『鏡の女たち』(02)が第55回カンヌ国際映画祭で特別招待作品として上映されたほか、フランス政府より芸術文化勲章「オフィシエ」が贈られている。この作品では3世代の女性の生き様を通して、原爆や戦争の傷跡を描いている。また、今年の春には10年以上にわたって執筆してきた歴史小説「贖罪 ナチス副総統ルドルフ・ヘスの戦争」を発表したばかり。
それぞれの立場で歴史や戦争にまつわる表現と発信を続けてきた2人ならではの、重厚な対談になりそうだ。
前半に続き、興味深いラインナップとなった「アジア交流ラウンジ」後半戦。強烈な作家性を持つ人ばかりなので、それぞれの考えや価値観がぶつかり合う時、どのようにトークが発展していくのかまったく予想ができない!「アジア交流ラウンジ」は、第33回東京国際映画祭公式ホームページより視聴申込みを受付中だ。(https://2020.tiff-jp.net/ja/lineup/list.html?departments=10)
文/下川秋男
https://2020.tiff-jp.net/ja/lineup/list.html?departments=10
■『CURE 4Kデジタル修復版』
Blu-ray 発売中
価格:4,800円+税
発売・販売元:株式会社KADOKAWA
■『帰れない二人』
DVD 発売中
価格:4,800円+税
発売元:ビターズ・エンド、ミッドシップ
販売元:紀伊國屋書店
■『かぞくのくに』
Blu-ray 発売中
価格:4,700円+税
発売・販売元:株式会社KADOKAWA
■『小野寺の弟・小野寺の姉』
Blu-ray¥4,700/DVD¥3,800(本体)+税
発売・販売元:ポニーキャニオン
■『照射されたものたち』
第21回東京フィルメックスにて、11/3(祝・火)13:10~、11/5(木)10:20~で上映
https://zoom.us/webinar/register/WN_r5iGbhK6SfGi_gASfJ-QSg