島本理生の強靭なテーマを体現した『ファーストラヴ』…島本作品と映画の親和性を“読む”
映像美と巧みな演技…原作のテーマ性を物語る名シーンが誕生
完成した映画を観た島本自身、「殺人事件の容疑者でありながら、混乱した痛みを抱える環菜の内面が、緻密な脚本と演技によって見事に表現されていた」と絶賛するように、由紀と環菜がアクリル板越しに対峙する拘置所の面会室でのシーンは、物語のカギとなる両者の不安定な内面を巧みにあぶりだした、本作の見どころの一つ。
ひと際目を引くのが、原作で綴られている「不自然に幼い、というのが第一印象だった」「上目遣いになると、無意識に媚びた目つきになった」などといった環菜の雰囲気や些細な動きのディテールを緻密に体現しながら、徐々に不安定な心理を露呈していく芳根の演技力だ。
さらにそのペースに飲み込まれるようにして、自身の暗い過去に触れていく由紀の心のざわめきを表すように、二人の表情がアクリル板のうえで重なる不穏な演出がサスペンスを高めていく。
「このまま撮影が続いたら私はどうなってしまうのだろう?と不安に感じていた」と述べるほど、環菜という役に没入していたことを明かす芳根は、大粒の涙を浮かべながら感情を爆発させる最後の面会室のシーンについて、「思い出すだけでも涙がでてきそうになるほど、苦しかったです」と述懐。
一つのシーンのなかで膨大な数のカットを割る、スピード感あふれる映像こそが堤演出のトレードマークと言えるが、本シーンでは、じっくりと長回しのワンカットで由紀と環菜の感情をさらけだしていく。この演出と北川、芳根の表現が混然一体となり、一度観たら忘れられない映像的インパクトを持ちつつ、原作の強いテーマ性を物語っていく名シーンが誕生した。
島本はさらに、「傷ついたまま沈黙してきた女性たちはこの映画を観て、これはいつかの自分だと感じる瞬間がたくさんあるのではないでしょうか」と続け、自身が原作で描いた、無自覚的な性加害への問題提起が映画として視覚化されることで、より顕著に、より多くの人々へ届くことへの期待を語っている。
社会的なテーマと巧みなストーリーテリングで読む者の心をわしづかみにする、島本の代表作と言える小説「ファーストラヴ」と、映画ならではの脚色と演出を加えることで、原作のもつ精神性を映像へと昇華させた映画『ファーストラヴ』。
是非とも映画と小説の両方で、この衝撃的な物語を細部に至るまで味わってほしい。
文/久保田和馬