「美少女戦士セーラームーン」担当編集・おさBUが振り返る、武内直子とファンと共に歩んだ道のり - 2ページ目 |最新の映画ニュースならMOVIE WALKER PRESS
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インタビュー 2021/2/20 21:00

「美少女戦士セーラームーン」担当編集・おさBUが振り返る、武内直子とファンと共に歩んだ道のり

「連載初回で読者アンケートがトップに。考えられないようなことが起こる予感がした」

「なかよし」1991年12月号から連載開始された「美少女戦士セーラームーン」は、翌年3月から放送開始された90年代テレビアニメシリーズとあわせ、またたく間に社会現象化していく。担当編集として昼夜対応に追われていた小佐野に、当時の熱狂ぶりが伝わるエピソードを尋ねた。

【写真を見る】1991年から2021年まで…美麗なビジュアルで「美少女戦士セーラームーン」の歴史を振り返る!
【写真を見る】1991年から2021年まで…美麗なビジュアルで「美少女戦士セーラームーン」の歴史を振り返る![c]武内直子・PNP・東映アニメーション

「まず、『なかよし』の読者アンケートで、『美少女戦士セーラームーン』が連載初登場でトップになったんです。そんなことは過去10年くらいでもないことだったので、とんでもない快挙でした。当時漫画家さんにアンケートの順位を教えることはNGだったんですけど、さすがに興奮して、バレないように公衆電話から先生にこっそり連絡しました(笑)。その時、いままでの『なかよし』作品では考えられないようなことが起こるかもしれないという予感はありました。その後、単行本の初版部数が50万部になったのですが、これは当時の少女漫画ではまずありえない数字でしたので、『販売数は勝負に出たな』と思いました」。

人気の加速にしたがって、当初予定していなかった多くの関連グッズが世に出ることとなったが、その人気は予想をはるかに上回るものだったという。
「印象に残っているのは、1期後半のアイテムである『ムーンスティック』のおもちゃを作った時のことです。武内先生はデザインに強いこだわりを持っていらっしゃる方ですから、ご自身でのデザインを希望されていました。しかし、原稿のスケジュールが逼迫していた影響でなかなかデザインに取り掛かれず、最後は『あす金型制作に入らなければ、年末商戦に間に合わない』という状況のなか、深夜の喫茶店で紙ナプキンに精緻なデザインを描いていただきました。同席していたバンダイさんの担当者さんがそのナプキンを持って、朝一の新幹線で大阪の業者さんに納品して、なんとか事なきを得ました」。

関連グッズはもちろん、テレビゲームやフィルムコミックなど、多岐にわたるアイテムが世に出ていった
関連グッズはもちろん、テレビゲームやフィルムコミックなど、多岐にわたるアイテムが世に出ていった[c]武内直子・PNP・東映アニメーション

こうして完成した「ムーンスティック」はかつてない売り上げを記録。「女の子向けアニメのグッズは、ある程度以上の売り上げを見込めない」という業界のセオリーを覆した。
「おもちゃ屋さんで売り切れが続出し、店頭に補充するために倉庫から台車に乗せて商品を運ぶんですが、商品を陳列棚に並べる前にお客さんたちに取られちゃって棚まで到達しなかったんです。応援に来ていたバンダイの社員さんも、初めての経験だとおっしゃっていました(笑)。ほかにもドールの売上が、ドールカテゴリーで首位になったことも嬉しかったですね。長年圧倒的首位だった他社さんの商品が、初めて首位の座を譲ったということで新聞の一面トップにも載りました。先生は当時のドールをメンテナンスしながら、いまでも大切にしてくださっています」。

大反響への喜びの反面、ブームが拡大し続けることには、ある種の不安も感じていたそうだ。
「当時の武内先生はまだ経験も浅く、いきなりアニメ化し長期連載をやっていくことになり最初は不安がっていました。心配で眠れない、ということもよくあったような気がします。僕自身も作品がこんなにヒットして社会現象になるようなことは初めてだったので不安でしたが、先生を心配させちゃいけない、という気持ちで頑張っていた記憶があります。だけど嬉しいこともたくさんあって。講談社漫画賞をいただいた際には授賞式に500人もの方が来てくださって、先生もとても喜んでいました」。


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