なぜ、宣伝マンは真冬の樹海でハーバリウムを作ったのか?【実録映画宣伝 樹海の絆】
恐れていた雪の樹海の苔採集作戦
本当にライオンがいることで知られる富士サファリパークを横目に、山間部の傾斜をひたすら登っていくと、映画のロケに使われた場所に近づいていく。
ナビで指定された地点に到着すると、Kさんが小さな悲鳴を上げた。「マジか…」。
樹海の入口には雪が積もっており、苔の緑色はどこにも見当たらない。
出発時に飲んだ「チョコラBBスパークリング」の効果が切れ始めてきたKさんは、ハンドルに突っ伏して動かなくなった。
するとTさんが車を降り、トランク内の段ボールを持って歩きだした。「とにかく行きましょう」と短くつぶやいたTさんのあとを、我々も追う。
真冬の樹海はとにかく寒い。陽が差した昼間でも気温は2度か3度。極寒のなか、苔が採集できる場所を探して、我々は樹海の奥へ奥へと歩みを進めていった。
『犬鳴村』の呪いが、2人に降りかかる
昨年入社1年目で『犬鳴村』の宣伝を担当した2人は、前作の経験を糧に、その後もバリバリと日々の業務に励んできた。
多くの人が想像するよりも、宣伝マンの日常は至って地味なものだ。
映画作品の宣伝期間は、数か月から長いものでは1年、あるいはそれ以上にもわたる。その間にも並行して複数の作品を担当するため、それぞれの作品にあわせた宣伝プランを組みつつも、綿密なスケジュールの管理が要求される。
特にコロナ禍の昨今は公開延期やイベントの中止などが相次ぐため、日々のスケジュール変動が多く、発注元である配給会社、出演俳優らの所属事務所、そして数多あるテレビ、ウェブ、新聞、雑誌といった各メディアの間に立ち、連絡と調整、時には謝罪をしながら日々やり取りを続けているのだ。
『犬鳴村』から1年を経た2人には、激務ゆえの“呪い”が見事に効いているそうで、Kさんは「担当した映画が1本公開されるたびに、友達が1人ずつ結婚していくんですよ。私には予定もないのに…。『犬鳴村』の呪いだと思います」と、息も切れ切れに話す。
段ボールを黙々と運ぶTさんにも尋ねると、「自分は、この1年で10キロ体重が増えました。完全に呪われています」と顔色を青くした。
雪が降り積もった樹海には緑色の苔は見当たらず、どこまで行っても、枯れた茶色の苔が岩肌に覗いているだけだった。雪道を30分も歩いたころには、2人には疲労と、焦りの色がはっきりと表れていた。
次第に会話もなくなり、切れ切れな息づかいとなった2人は、どちらからともなく“やっていないこと”の確認を始めていた。
「事務所さんにその変更伝えた?」、「その手前で止めてるの、そっちですよね」。公開が間近に迫り無数のタスクに追い詰められた2人は、お互いを気に掛ける余裕を失っていた。
そんな時、躓いて荷物を置いたTさんにいら立ったKさんが、足元の雪を握って投げつける。するとKさんも応戦し、もみ合いになった2人はそのまま雪の上に倒れこんだ。