『君の名は。』実写リメイク版も控えるチョン監督が明かす『ミナリ』制作秘話「映画が終わった瞬間、家族全員で抱き合うことができた」
「『小津さん、愛してます』と心の中で叫びながらカメラを向けました(笑)」
プランB、A24からの的確なバックアップに加え、リー・アイザック・チョン監督によると、過去の巨匠たちへのリスペクトも『ミナリ』に息づいているという。子どもたちの心情にはスティーヴン・スピルバーグ作品から、そして空間設計には小津安二郎作品からの影響があるのだ。
「小津安二郎監督は、誰も真似のできない、唯一無二の世界を作り上げました。今回、私は彼の作品に漂うヒューマニズムにインスピレーションを受けました。小津監督は、主人公の家族関係に多大なる愛を注いで演出したと感じるからです。さらに小津作品では、深刻なドラマの中の絶妙なユーモアも印象的です。子どものオナラをうまく使った『お早よう』(59)から、『ミナリ』のトイレにまつわるジョークが浮かんだんですよ。また子どもが怒られるシーンでは、小津作品のアングルを思い出し、私は『小津さん、愛してます』と心の中で叫びながらカメラを向けました(笑)」
今回のアカデミー賞では、一家の父親、アイザックを演じたスティーヴン・ユァンが、アジア系では初めてとなる主演男優賞ノミネートを果たした。実はユァンの妻が、チョン監督といとこという関係。しかし『ミナリ』の出演オファーを「あなたのいとこが監督ですよ」とエージェントから受けたユァンは「いとこ? 誰それ?」とわからなかったと告白する。親戚の結婚式で顔を合わせたくらいの関係が、『ミナリ』でのコラボによって絆が深まったと、チョン監督は語る。
「アジア系アメリカ人としてのジェイコブを、芯の部分から体現するうえで、スティーヴンは最高のキャストだと思ってエージェントを通してオファーしました。一緒に仕事をするのが家族や親戚だったとしても、こちらの期待を暗黙の了解でかなえてくれるとは限りません。でもスティーヴンは謙虚な性格なので、私とウマが合ったのだと思います。いまでは兄弟のように親密な関係になりましたよ(笑)」
この『ミナリ』は、2020年の1月、サンダンス映画祭のグランプリ(審査員賞)と観客賞をW受賞し、映画界の注目の的となったが、その後、新型コロナウイルスによって世界は一変した。
「サンダンスの後、アメリカは本当に厳しい状況になって、私の作品も忘れ去られたような時期が続きました。娘がリモート授業になったことで、私と妻はラップトップを持って別の部屋へ移動したり、仕事をするスペースにも試行錯誤する日々でしたね。ただ幸運にも、私の家族は健康でした。とにかくなにからなにまでが初めての体験で、コロナ禍でなにを学んだのかも把握できないというのが本音です。2〜3年後にはすべてが戻っていると願いたいのですが…」
コロナの影響は、チョン監督の次回作にも影響をおよぼしているようだ。それは、あの『君の名は。』(16)の実写リメイクである。
「コロナによって『Your Name(原題)』の製作も少々遅れ気味で、現在はまだ脚本の段階です。でも興奮していますよ。あれだけ大ヒットしたアニメを受け継ぐことは、とにかく光栄。新海誠監督も地方で育ち、大都会にあこがれを抱いたという点で、私は強いシンパシーを感じてきました。愛や家族の物語を、地球の環境にも結びつける新海作品を、私が生身の俳優でどのように“翻訳”できるのか。実写としての映画の魔法に、日本の皆さんにはぜひ期待してもらいたいです」
アカデミー賞監督賞にノミネートされたリー・アイザック・チョンが、日本の大ヒットアニメを新たなスタイルで再生する。それだけで楽しみになってくる!
取材・文/斉藤博昭