「役の人生に責任を持ちたい」井之脇海が見つめる、役者としての“欲深さ”
「あまり表に出さないですが、僕はたぶん欲深い人間だと思います」
とても丁寧なアプローチで役と向きあう井之脇。俳優として生きていこうと思った分岐点は2回あったと言う。1回目は、子役として出演した黒沢清監督作『トウキョウソナタ』(08)での現場だった。
「この仕事をやっていきたいと、漠然と思ったのは『トウキョウソナタ』で、あの時、腹をくくった気がします。当時、僕は小6でしたが、香川照之さんをはじめ、すてきな役者さんとお仕事をしたなかで映画作りの楽しさを覚えました。子役時代はどこか習い事感覚でお仕事をしていた気がしますが、『トウキョウソナタ』では、周りが全員プロで、僕だけがアマチュアだと思い知らされ、このままじゃいけないと、12歳ながらに思ったんです」。
2回目は、高校を卒業し、日本大学藝術学部へ進んだころで、改めて俳優業についての将来像を見据えたそうだ。「明確なポイントはないんですが、大学で学生生活を送るなかで、やはり自分は映画がすごく好きだから、役者としてやっていきたいと強く思いました」。
現在はオファーが絶えない売れっ子となった井之脇だが、思うように仕事が来ない時期もあったそうだ。そのころに初監督した短編『言葉のいらない愛』は、第68回カンヌ国際映画祭ショートフィルムコーナー部門で入選を果たし、若手監督による短編3作品のアンソロジー『愛と、酒場と、音楽と』(18)として劇場公開もされた。「僕はいまでこそ登山や読書などをするようになりましたが、昔は映画を観ることしか趣味がなくて。だから、1~2か月間、仕事がなかった期間に、なにもすることがないのなら、好きな映画を撮ろうと思い立ち、短編を撮りました。ただただ映画が好きだからこそ撮れたという感じですが、今後も時間ができたら、好きな仲間と好きな映画を撮れたらいいなとは思います」。
その言葉通り、時間のできた自粛期間中はサブスクリクションサービスでたくさんの映画を観ていたという井之脇。特にハマった作品について尋ねると、「映画ではないのですが、西島秀俊さんに教えていただいたNetflixオリジナルシリーズの『コブラ会』は、ハマってしまいました。おすすめです!」と笑顔を見せる。
俳優として目指すべき理想像について聞くと、「役者の仕事は、演じる役の人生に責任を持つことだと僕は思っているので、役の大小やいい人悪い人にかかわらず、すべての役をちゃんと考えて演じられるようになりたいです」という。
「例えば、自分がもし死んだ後に、『井之脇海の人生』という伝記映画が仮にできたとして、僕の役をやる役者が、僕の人生について台本にあることしか考えてくれなかったら、やっぱり嫌だと思うんです。僕の一生は、ほかにもいろいろなことがあるから、そこはちゃんと想像してほしいので、僕自身もたとえ架空のキャラクターであっても、真剣に考えてアプローチしていきたいんです」。
キャリアを積んでいけばいくほど、仕事への欲は増す一方だという。
「あまり表に出さないほうですが、僕はたぶん欲深い人間だと思います。新しい台本を読むと、全部の役をやりたくなってしまうので。どんな役も最初は難しいと思いますが、そこにトライできることがうれしいです。キャリアを重ね、自分ができることが増えれば増えるほど、より多くのものが欲しくなるし、チャレンジしたくなる。仕事への欲や情熱は、雪だるま式に広がっていくので、たぶんこの先も終わりはないと思います」。そう言って、井之脇は真っ直ぐな目で前を見据えた。
取材・文/山崎伸子