『翔んで埼玉』脚本家・徳永友一初のオリジナル小説!第3回「若手脚本家の本音」【未成線~崖っぷち男たちの逆襲~】

コラム

『翔んで埼玉』脚本家・徳永友一初のオリジナル小説!第3回「若手脚本家の本音」【未成線~崖っぷち男たちの逆襲~】

翔んで埼玉』『かぐや様は告らせたい ~天才たちの恋愛頭脳戦~』(ともに19)の脚本家・徳永友一が初めて手掛けるオリジナル小説として、「DVD&動画配信でーた WEB」特別連載がスタート!脚本家を目指す中年男・吉野純一、若手脚本家として闘う男・宮間竜介、2人を巧みに操る男・滝口康平、3人の男のリアリティドラマが始まる。若手にしてブレイクし、全てが上手く行っているように見える宮間には、人知れぬ苦悩があった。

第3回「若手脚本家の本音 宮間編」

 20代のうちに絶対に連ドラデビューする!僕はそう決めていた。そして、いずれ映画脚本を手掛けた後に、映画監督デビューも果たす。それが人生プランだった。その夢の第一歩、連ドラデビューは25歳のうちに叶えることが出来た。テレビ局のシナリオコンクールで大賞を受賞したその年に、いきなりゴールデンタイムの21時台の連続ドラマを任され大ヒットした。順風満帆なはずだった。なのに、何でこんなことに……。

 腹部からは血が滴り落ちていた。目の前にはナイフを手にした吉野純一が立っている。興奮しているのか息が上がっているが、表情は笑っているようにも見える。
 今までドラマでこうしたシーンを何度か書いて来たが、リアルってこんな感じなんだな……。半年前まで普通に生きていた善良なおっさんが、人をナイフで刺すことになるなんて。僕は静かに目を閉じた――。

脚本家の仕事、その本音を描く
脚本家の仕事、その本音を描くイラスト/浅妻健司

――半年前。

「1ページも面白くない」

 滝口プロデューサーはそう言うと、目の前で原稿を放り投げた。三日三晩寝ずに書いた原稿は、このたった一言で切り捨てられた。とは言え、この状況はもう慣れている。

「すみません……」

「まあいいや。俺が作るから」

 滝口プロデューサーはそう言うと、マジックペンを手にして、1シーン目から、どこで誰と誰がどんな会話をするのかを簡潔に書いていく。僕はそれを黙ってノートパソコンでメモっていく。滝口プロデューサーとは、3年前のデビュー作からずっと組んでいる。今は半年先の10月クールの連続ドラマの第一話を作り始めていた。新進気鋭の脚本家と持てはやされてはいるが、実際にはプロデューサーの言いなりで、書記レベルの仕事をこなしていることを誰も知らない。ここから数時間、自分を押し殺し、ただひたすら時が過ぎるのを待つだけだ。

「じゃあ、これ明日までに書き起こして来て」

「はい……。わかりました」

 きっかり6時間が経った頃、解放された。いつもに比べれば断然早い方だ。僕がノートパソコンを鞄にしまい出て行こうとした時だった。

「お前、脚本スクールで講師やってるよな?」

「あ、はい……」

「上から単発ドラマやれって言われちゃってさ。誰か紹介してくれないか?」

「はい。どんな作風の人がいいですか?」

「作風とかどうでもいいから、一番、つまらないもん書く冴えない奴を頼む」

「え?わかりました……。ちょうどこの後スクールなので声かけてみます」

「明日、13時に会えるやつな」

 そう言い捨てると去って行った。あの人はいつもこうだ。まあ、これもまた慣れたのだが。
 六本木のカフェに着くとノートパソコンを広げる。スクールまであと1時間ある。この時間を使って、さっきの打ち合わせでメモした内容を形にしていく。そこに自分なりのクリエイティブ能力は必要ない。ただ言われたことを言われたまま書くだけだ。もちろん、最初からこんなだったわけではない。初めは自分の力を信じていたし、抵抗を示した。だが、その度に“面白くない”と一蹴され、どんどん萎縮して行った。所詮はフリーの個人商店。お得意様の言うことを聞かなければ切り捨てられ、その瞬間から失業者になってしまう。たとえ、書記レベルの仕事だとしてもこれを続けている限りは、“ドラマ脚本家”としてのステイタスと収入を得ることができる。


 20時30分。僕は六本木にあるスクールにいた。

「吉野さんの作品には、いつも“今”っぽいワードとかネタが入っているのがいいですよね」

 心にもないことを口にする。はっきり言って読むに耐えない駄作だ。いい歳したおっさんが、よくも毎度、こんなにもつまらないものを書けるものだと逆に感心する。それに、書いて来るのは決まってラブストーリーだ。自分が出来ない理想の恋愛を作品に投影して来るので、内容もさることながら、かなり痛い人間であることがわかる。目の前で吉野さんが満足気に笑っている姿を見て、“やはりこの人しかいないな”と思った。ゼミが終わり、帰り支度をしている吉野さんに声をかけた。

「吉野さん、この後少しだけ話せますか?」

 一室で吉野さんと二人きりで話すのはもちろん初めてのことだ。仕事の話を振った途端、想像以上に前のめりになって来た。

「そんな……僕で良かったら是非やらせて下さい!」

 汚なっ。こいつ唾を飛ばして来た……。顔を背けつつも話を続ける。

「そう言ってもらえて良かった。ちなみに、仕事の方は大丈夫ですか?」

「全然大丈夫です!仕事って言っても、深夜のファミレスのバイトですし、時間の調整はいくらでもききます!」

 よくもまあ、いい歳してフリーターってことを恥ずかし気もなく口に出来たものだ。40を過ぎたおっさんが、まだ脚本家を目指していることは哀れ以外の何者でもない……。どんな企画かわからないが、今回は異例中の異例のことだし、つまらないからこそ声が掛かったのだ。そのことにこの人は何ら気付いていない。

「じゃあ、早速明日プロデューサーをご紹介しますので、企画内容とか詳細はまたその時に」

「はい!宮間先生、本当にありがとうございます!精一杯頑張ります!」

 また唾を飛ばしやがった……。二人きりで話したことで一気に嫌悪感が増した。絶対にこいつ、面倒臭い奴だ。今後出来るだけ関わりたくない、そう思った。

(つづく)

■徳永友一 プロフィール
1976年生まれ、神奈川県出身。TVドラマ「僕たちがやりました」(17)、「海月姫」(18)、「グッド・ドクター」(18)、「ルパンの娘」シリーズを手掛け、映画『翔んで埼玉』(19)で日本アカデミー賞最優秀脚本賞受賞。『かぐや様は告らせたい ~天才たちの恋愛頭脳戦~ ファイナル』(8月20日公開)、映画版『ルパンの娘』(2021年公開)が待機中。

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