吉野に対する脚本家スクールの生徒たちの反応は…/脚本家・徳永友一 第8回「渾身のアイデア」【未成線~崖っぷち男たちの逆襲~】

コラム

吉野に対する脚本家スクールの生徒たちの反応は…/脚本家・徳永友一 第8回「渾身のアイデア」【未成線~崖っぷち男たちの逆襲~】

翔んで埼玉』『かぐや様は告らせたい ~天才たちの恋愛頭脳戦~』(ともに19)の脚本家・徳永友一が初めて手掛けるオリジナル小説が「DVD&動画配信でーた WEB」で特別連載!脚本家を目指す中年男・吉野純一、若手脚本家として闘う男・宮間竜介、2人を巧みに操る男・滝口康平、3人の男のリアリティドラマが始まる。宮間の様子がおかしい……と思いながらも、滝口に促されるままプロットの作成作業に入った吉野。丹精込めて作った“リアリティドラマ”はどんな内容になったのか?

生徒たちの視線
生徒たちの視線イラスト/浅妻健司

第8回「渾身のアイデア 吉野編」

 明け方6時半。客が来る前に撮影は終わった。結局、俺がやりたいと思っているアイデアを、3日間でプロットに落とし込むことで話がまとまった。

「良かったですよ、吉野さん。売れっ子脚本家に物怖じしない感じとか、夢を物にするんだ!って執念が伝わって来ましたよ」

「ありがとうございます!」

「宮間もお疲れ」

「はい……。それじゃ、お先に失礼します」

 そう言うと、宮間先生は先に店を出て行った。明らかにムッとしているのがわかる。恩人である宮間先生のことを思うと、少し悪い気はしたが、でもこれがプロの現場なのだ。俺が荷物をまとめ、店を後にしようとしていた時だった。滝口さんが声をかけて来た。

「あ、吉野さん。明日って家で執筆ですか?」

「はい……。そのつもりですけど?」

 午後14時過ぎ。滝口さんがスタッフと共に家にやって来ると、撮影用のカメラを部屋の至るところにセッティングし始めた。

「プロットが出来て行く過程も撮影させてもらいますので。頑張って下さいね、先生」

「はい!」

 “先生”。初めてそう言われて気持ちが高揚した。やってやる!必ず面白いプロットを作る。そう、俺は今期待されているのだ。セッティングを終えると、滝口さんたちは帰って行った。ここからは、俺一人の戦いだ。熱いコーヒーを入れると昨日話し合ったアイデアをプロットに落とし込む作業に入る。パソコンの前でどう物語を展開させて行くかを考える。プロットは、あらすじとは違い、脚本になることを意識し、具体的なシーンを思い描きながら文字に落とし込んでいく、いわば脚本になる前の設計図みたいなものだ。ゾンビの女子高生と超能力の中年男の物語。これを一体どうスタートさせ、展開させていけばいいか……。テレビカメラがあるせいか、いつものように筆が乗らず、書いては消してを繰り返していた。
 
 格闘すること3日間。やっとの思いで物語の骨格が出来た。完成したプロットの内容はこうだ。
 “ある日、清掃業者で働いている冴えない中年男が雷に打たれ、超能力を使えるようになる。時間を止めたり、眼力だけで目の前の物を破壊出来たりするようになる。そんな時、同じく雷に打たれたことでゾンビになった女子高生が街を荒らし始める。中年男は、超能力を使ってゾンビ女子高生と対決することになる。そんな時、元宇宙飛行士で派遣社員の女がやって来る。その女は、中年男の元妻だった。そして、その妻から衝撃の事実を聞く。何とそのゾンビ女子高生が生き別れた自分の娘であったのだ。中年男は地球を救うためにゾンビの娘を殺すのか!? 葛藤し苦悩する”。

「完璧だ……」

 これはいける!俺は自然と笑いがこみ上げて来た。その頃にはすでに、カメラの存在さえ忘れ、俺は充足感に浸っていた。

 翌日。俺は六本木の脚本家スクールに来た。教室に入った途端、先に到着していた生徒たちから一斉に冷たい視線を向けられた。なるほど、そりゃそうか……。みんなの憧れの宮間先生から声をかけられ、いきなり脚本家デビューのチャンスを掴んだ。嫉妬する気持ちは理解出来る。俺は黙って教室の隅に座る。とその時、坂口亜紀が声をかけて来た。

「え?吉野さん、本当にデビュー決まったんですか?」

「決まったけど。それが何か?」

「え?嘘……。信じられない……」

 はぁ⁉そこは“おめでとうございます!”だろ。本当に最近の若い奴は礼儀がない。再び教室内が沈黙に包まれると、宮間先生がやって来た。

「お疲れ様です。先日はありがとうございました」

 俺が立ち上がりそう挨拶すると、宮間先生はあろう事か目線さえ合わせず黙って席に座った。

「あの?送ったプロット読んで頂けましたか?」

「ああ、はい」

「どうでしたか?」

「感想はカメラの前でって言われてるんで……」

「あ、そうですか……。わかりました」

「ただ、あれはないと思いますよ」

「え……」

 生徒たちがぷっと笑うのが見える。デビューのチャンスさえ巡って来ないお前らに、今俺を笑う資格があるのか⁉宮間先生もあんまりの物言いだ。たった一言で、全否定するなんて……。机の下で拳を握り締めたその時、携帯電話が鳴った。滝口さんからだ。

「あ、すみません。滝口さんから電話なので出ます。もしもし?」

 俺は電話に出ながら教室の前へと移動した。

「いやぁ、吉野さん。面白かったですよ、あのプロット」

「本当ですか⁉」

 来た……!そうだよ、面白くないわけないだろ。宮間先生はただ俺を蹴落とそうとしていただけなんだ。

「今、スクール中ですよね?」

「あ、はい」

「スクール後に、宮間と早速プロット打ちしてもらえますか?カメラ回しますから」

「はい!よろしくお願いします!」

 俺のシンデレラストーリーがまた一つ前へと動き出した――。

(つづく)

■徳永友一 プロフィール
1976年生まれ、神奈川県出身。TVドラマ「僕たちがやりました」(17)、「海月姫」(18)、「グッド・ドクター」(18)、「ルパンの娘」シリーズを手掛け、映画『翔んで埼玉』(19)で日本アカデミー賞最優秀脚本賞受賞。『かぐや様は告らせたい ~天才たちの恋愛頭脳戦~ ファイナル』(8月20日公開)、映画版『ルパンの娘』(10月15日公開)が待機中。

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