津波が襲った漁港に「肉子ちゃん」がいた。西加奈子と編集者が紡いだ、あたたかな“偶然”を巡る旅
女川の焼肉屋「幸楽」に“肉子ちゃん”はいた。「とにかく世話焼きだったんだよ」
日野さんは、肉子ちゃんというキャラクターの印象について「西さんの願望が詰まっているなと思った」という。「西さんご自身は、肉子ちゃんのメンタリティとは対極にあるような方。肉子ちゃんは、人の目も気にせず、“ありのまま”の自分で堂々と生きている。『こういう人になれたらいいな』という西さんの理想や執着が、肉子ちゃんに反映されていると思いました。西さんの作家性の根幹にあるものが、クリアに表れているような気がしました」。
2011年8月に本書が発売となり、あとがきには、女川で見かけた焼肉屋をもとに着想したこともつづられていた。すると、肉子ちゃんは想像から生まれたキャラクターであるにもかかわらず、西の元には「モデルとなった女川の焼肉屋には、実際に肉子ちゃんそっくりの女将さんがいた」という女川に住む読者・Kさんから手紙が届いたというから、驚きだ。
モデルとなった女川の焼肉屋「幸楽」の女将さんは、東日本大震災の津波で亡くなっているという。もとのお店は全壊し、2012年5月に仮設住宅で店を再開させたのち、現在は女川駅前にあるテナント型商店街「シーパルピア女川」内で、営業を続けている。筆者が訪ねてみると、店内には西のメッセージや、本書の装丁が飾られており、ご主人の金山さんが笑顔で迎えてくれた。
アニメ版とはまた違ったタッチの肉子ちゃんが描かれた原作の装丁を指しながら、「ウチのは、こんなにセクシーじゃなかったけどね」と金山さん。「Kさんは、肉子ちゃんがウチのやつに似ているって言っていたね。体型のことを言っているんじゃないかな?子どもを二人産んで、子育てもお店のこともやるとなると、自分の体型のことなんて構っていられなかっただろうから」と微笑む。「とにかくウチのは、世話焼きだったから。『ご飯、食べていけ』と声をかけられて、『いままで誰かにそんなことを言ってもらったことがなかった。遠慮をしていたけれど、“甘えてもいいんだな”と思うようになった』という子もいたな」と懐かしみながら、「そういうところが、似ていると思ったのかもしれないね」としみじみと話す。
金山さんは「津波のあと、ばあちゃんとウチのやつはなかなか(ご遺体が)見つからなくて。仕事をすぐにやるというわけにもいかない状況で、なかなか前に進めなかった」と述懐。「2012年のゴールデンウィークに間に合わせようと、仮設住宅で店を再開させて。そこには西さんも来てくれたんだ。今度はアニメの映画になるという話も聞いたよ。明石家さんまさんと大竹しのぶさんが一緒にやっているんだよね。これが映画になるのかあって、なんだか不思議な気分だけどね」と目尻を下げる。
震災後もこだわりのお肉を提供し続けている金山さん。現在は、震災後に帰郷し、女将さんに代わって共に店を切り盛りしている息子さんとの二人三脚だ。「震災以降、このあたりは津波でなにもなくなってしまって、すべて新しいものから作る状態だった。ボランティアで来た人が、そのままこっちに住んでお店を出したり、若い人もいろいろなことをやっているよ」と女川のいまに触れながら、「ウチは変わらず、その時々のいいお肉を出していきたい。ラーメンやカルビスープもおいしいですよ」と、ほっとするような笑顔ですすめてくれた。
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