津波が襲った漁港に「肉子ちゃん」がいた。西加奈子と編集者が紡いだ、あたたかな“偶然”を巡る旅
「特別なエネルギーを持った作品」肉子ちゃんをきっかけに訪れた、人生の転機
特定のモデルとした人がいるわけではないのに、“肉子ちゃん”がそこにいた。こんな奇跡が起きたのはきっと、西がそうであったように、いつも“ありのまま”の姿を見せて豪快に笑う肉子ちゃんが、誰もが「こんな人がいてくれたら」、もしくは「こうなりたい」、「私にとってのあの人かもしれない」とまぶしく感じる女性だからではないだろうか。
日野さんは「映画にしろ、歌にしろ、小説にしろ、たまたま自分の経験とクロスしたり、自分の記憶を呼び寄せることってありますよね」と口火を切り、「『漁港の肉子ちゃん』は、そういうエネルギーを持った作品なのかなと感じています。肉子ちゃんをきっかけに、それぞれが記憶や想いを雪だるまのように膨らませていく。作品の核となる部分に求心力がないと、そういう事象は起こらないと思います」と思いを巡らせる。
「エネルギーを持った作品」と表現した日野さんだが、本書は彼にとっても人生の転機となる1冊になったと告白。「お亡くなりになった女将さんの記憶を重ねるKさんがいたり、僕もその後『幸楽』さんにお邪魔させていただきましたが、そこには装丁を飾ってくださっているご主人がいたり。“モデルになった場所に肉子ちゃんに似た方がいた”ということをきっかけに、『西さんが東京で書いた小説が、遠く離れた町にも確実に届き、人々の心に残っているんだ』という事象を目の当たりにすることができて、僕もものすごく心を動かされた。奇跡的な出来事を見せてもらった気がしています。それは編集者としても、なかなかできる経験ではありません」と力を込める。
編集者としてせわしない日々を送っていた日野さんは、そこで故郷の石巻に帰る決断をする。「『漁港の肉子ちゃん』での経験を通して、『誰かの心に残るもの以外は、作りたくない』とはっきりと思った。そのためにあらゆる退路を断って、自分の小説を出す出版社を作ろうと思って石巻に帰ってきました。出版社と言いつつも、届けたいものだけを作ろうと思っているので、なかなか本を出せずにいます(笑)。でも僕のゴールは、『漁港の肉子ちゃん』のように、小さなミラクルを起こすエネルギーを持ったものを世に送りだすこと。そういった意味でも、本書は自分のやりたいことに向き合えるきっかけを作ってくれた、人生の転機となる1冊なんです」。本書の持つエネルギーが、日野さんの心にも火をつけていた。
日常にこそ、クライマックスがある
本作は、漁港の小さな町を舞台に、母娘の暮らしや、キクコの学校生活、友だちとのすれ違いなど、人々の日常を繊細に描く物語だ。日野さんは「“生活をしていくということは、自然とクライマックスを生むものだ”というお話でもある」と普遍的な物語のなかにこそ、ドラマがあるという。
石巻市の漁港沿いに生まれ育った日野さんは、「10年前の震災というのはまったく別の話とすると、石巻という場所も、クライマックスやハイライトがない町なんですよ。ものすごい田舎でも、ものすごい都会でもなく、どこか中途半端というか」と笑いながら、「でも本書を読むと、“生活のなかにこそクライマックスはある”と思わせてくれる。アニメになった映画の肉子ちゃんも、ものすごくかわいいですよね。キクコはCocomiさんの声や演技も原作のイメージ通りでした。映画を観て、西さんの作品を好きになってくれる方がもっと広がってくれたらうれしいですし、肉子ちゃんがいたかもしれない、生活していたかもしれないという空気を求めて、石巻や女川にも来ていただけたら、すごくうれしいです。おいしい魚、おいしいお酒もありますよ」と呼びかけ、目を細めた。
日野さんと共に歩き回った石巻市の風景を通して、筆者には肉子ちゃんの“正体”が見えたように思えた。それはきっと誰の心にも潜んでいる、大切な人や憧れの人。「普通が一番ええのやで」と語りかける肉子ちゃんは、私たちが忘れかけていた日常の輝きや、明日への力を呼び覚ましてくれるはずだ。
取材・文/成田おり枝
https://kuchibueshoten.co.jp/
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