すべてが滝口の思い通りに動いていたが…/脚本家・徳永友一 第11回「笑みがこぼれる」【未成線~崖っぷち男たちの逆襲~】
『かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~ ファイナル』(8月20日(金)公開)や、中川大志主演の日曜ドラマ「ボクの殺意が恋をした」(7月4日スタート)の脚本家・徳永友一が初めて手掛けるオリジナル小説を、「DVD&動画配信でーた WEB」が特別連載!
脚本家を目指す中年男・吉野純一、若手脚本家として闘う男・宮間竜介、2人を巧みに操る男・滝口康平、3人の男のリアリティドラマが始まる。滝口は“リアリティドラマ”の第一話を完成させた。吉野と宮間の滑稽なやり取りを見て、映像の出来にほくそ笑む。全てが思い通りと思われたが、周囲の人間が予想外の動きを見せ始める。
第11回「笑みがこぼれる 滝口編」
テレビ局の会議室。宮間とおっさんの打ち合わせは予想通りの展開となっていた。
「何でそんなこと言われなきゃならないんですか?そんなに僕のアイデアはいけませんか?それとも、新しい才能を早いうちから潰しておきたいんですか?」
顔を真っ赤にしながらおっさんが声を荒げている。それを見ながら俺は必死に笑いを押し殺していた。二人がこうして、リアルにやり合えばやり合うほど視聴者はついてくる。何なら殴り合いの喧嘩ぐらいにまで発展してほしい。もっとやり合え!番組を盛り上げるために。もっと、もっと……。
目黒にあるシティホテル。俺はベッドの上で横になりながら、タブレット機で今日撮った編集前の“リアリティショー”の映像を見ていた。
「ほんと、悪い人ね」
裸の女がタブレット機を覗き込んで来た。名前は理沙。結婚前から関係を持ち、かれこれ5年近い関係になる。出会いは理沙が脚本家を目指していた22歳の時だった。ゲスト講師として呼ばれたシナリオ教室でひときわ可愛い理沙を見て、脚本を見てやると声をかけた。それから、教えることを口実に何度か会い関係を持つようになった。5年の間、理沙も何人か男を作り結婚を考えたようだが、その都度言いくるめて結婚をやめさせた。俺にとって都合のいい女のままでいさせるためだ。
「人の人生振り回してかわいそうだと思わないの?」
「いちいちそんなこと思ってたら、プロデューサーなんて出来ないんだよ」
「ふ〜ん。かわいそうこの二人」
タブレット機の中で宮間とおっさんが言い合っているのが映っている。
「ヒットすりゃ何だっていいんだ」
言い合っているおっさんたちを見て笑みがこぼれる。何度見ても滑稽な男たちだ。
「今日はもう帰る」
理沙の横顔は明らかに不機嫌になっていた。俺に振り回されている自分の境遇と宮間たちとをダブらせでもしたのだろう。ベッドから出ようとする理沙の腕を掴んで引き寄せる。
「この仕事終わったら、久しぶりに旅行でも行くか」
「本当?」
「ああ。行きたいとこに連れてってやる」
そう言うと乱暴に理沙にキスをする。理沙の吐息が聞こえてくる。人を操るなんて簡単なことだ。
翌日。スタジオにある編集室にいた。先日、ファミレスで撮影した映像に音を入れて、リアリティドラマの第一話が完成した。普段は裏方であり決して見ることの出来ないドラマの脚本作りを公開し、地上波放送に繋げるという今まで誰もやったことのない仕掛けを俺が最初にやることになる。ファミレスで吉野とおっさんが言い合っている。不穏な様子が流れ、この先のトラブルを匂わせる上々な出来栄えだ。完成した一話に手応えを感じていたその時、携帯電話が鳴った。上司の関川さんだ。
「滝口。ちょっと本社までいいか?」
本社の会議室。
「参ったよ。次の10月クールの脚本家が決まらなくてな」
開口一番、関川さんがそう嘆いて来た。
「悪いけど、宮間を貸してくれないか?」
「無理ですよ。宮間は今ネットドラマの方に入ってもらってます」
「でも聞いたぞ。今回は新人脚本家が書くって。宮間はそのサポートなんだろ?」
「サポートと言っても、ほとんどは宮間にコントロールしてもらう予定なんで無理です」
まずい展開だ。今宮間に抜けられたら俺が考えた企画が台無しだ。
「そうは言ってもな。深見も他に脚本家知らないって言うんだ。ベテラン脚本家とは組みたくないって言うしな……。新人の深見が伸び伸びやるなら俺も宮間が適任だと思ってるんだ」
何が新人の深見だ。不倫相手の深見に頼まれてどうにかしたいだけだろ。だが、関川さんの言うことにも一理ある。新人のプロデューサーがどの脚本家と組んで仕事をするかは重大な選択の一つだ。ベテラン脚本家と組んで作品を完全に預け、ただ原稿を受け取るだけに徹するか、もしくは新人脚本家と組んで一から一緒に物語を考えていくか。仕事の面白さを取るならば、新人脚本家を選ぶことになるが、その場合はプロデューサー自身に物語を作る構成力がなければいけない。そうでなければ、新人が執筆に息詰まった時に、一緒に共倒れする危険があるからだ。
そうなると、結果的に一番多く声がかかるのは宮間のように何本も書いたことがある中堅脚本家になる。プロデューサーの指示を受け入れつつ、自分でちゃんとしたドラマの構成を練ることも出来る。俺が手放せば今宮間と仕事をしたいプロデューサーはいくらでもいるだろう。だがここで宮間を渡すことは出来ない。
「申し訳ありませんが、宮間は渡せませんので。失礼します」
そう言い捨て会議室を後にすると、入り口に宮間が立っていた。
「宮間……。どうした?」
「すみません。今日少し時間頂けますか? 話したいことがありまして……」
(つづく)
1976年生まれ、神奈川県出身。TVドラマ「僕たちがやりました」(17)、「海月姫」(18)、「グッド・ドクター」(18)、「ルパンの娘」シリーズを手掛け、映画『翔んで埼玉』(19)で日本アカデミー賞最優秀脚本賞受賞。『かぐや様は告らせたい ~天才たちの恋愛頭脳戦~ ファイナル』(8月20日公開)、映画版『ルパンの娘』(10月15日公開)が待機中。