脚本家・徳永友一初のオリジナル小説 第13回「新たな道へ」【未成線~崖っぷち男たちの逆襲~】

コラム

脚本家・徳永友一初のオリジナル小説 第13回「新たな道へ」【未成線~崖っぷち男たちの逆襲~】

かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~ ファイナル』(8月20日(金)公開)や、中川大志主演の日曜ドラマ「ボクの殺意が恋をした」(7月4日スタート)の脚本家・徳永友一が初めて手掛けるオリジナル小説を、「DVD&動画配信でーた WEB」で特別連載!
脚本家を目指す中年男・吉野純一、若手脚本家として闘う男・宮間竜介、2人を巧みに操る男・滝口康平、3人の男のリアリティドラマが始まる。宮間は滝口へ“リアリティドラマ”を降りる事を告げ、渋谷のとある事務所へ向かっていた。滝口からついに開放されたと思っていた矢先、宮間のもとにまた滝口が現れる…。

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【写真を見る】新たな道へイラスト/浅妻健司

第13回「新たな道へ 宮間編」

「すみません。今回の仕事降ろさせて下さい……」

 ずっと言えなかった言葉を言えた。その帰り道。いつもどんよりとした気持ちで歩いていたこの並木道が、今日はとても心地よく感じる。ようやく解放された気がしていた。断るきっかけを作ってくれたのは、渚に他ならない。スマホを取り出すと渚にLINEをした。「あの仕事断ることができたよ。ありがとう」。

 渚と言い合いになったあの時にこの決断が出来ていれば、今もまだ付き合っていただろうか……。胸を張って脚本家だと言える日が来たら、渚に会いに行きたいと思っている。そのためにも次の仕事を見つけなくては。今まであまり気乗りしなかったが、仕事を得るためにある場所に向かっていた。

 渋谷の宮益坂の一角にある雑居ビル。そこの3階にある“株式会社JUKE”という脚本家を集めたマネージメント事務所だ。その一室で僕は社長の梶野さんと向き合っていた。歳は50代半ばぐらいだろうか。社長のイメージとは程遠く、パーカーにジーパンといったラフな格好をしている。その分、こっちも気負うことなく話せる相手だ。

「いやぁ、連絡もらって嬉しかったですよ。今じゃ売れっ子の宮間先生ですからね」

「いえ……そんなことは」

「またまた〜。うちの事務所の若手たちはみんな言ってますよ。宮間先生みたいになりたいって」

「ありがとうございます……」

 僕がコンクールで入賞した時に、「うちの事務所に入らないか?」と真っ先に声をかけてくれたのが梶野さんだった。だが、その時にはすでに滝口プロデューサーと連ドラの立ち上げをしていた。事務所になど入らなくても自分一人でやっていける。その時は本気でそう思っていた。

「それで?相談したいってことって?」

「ずっと同じ局……と言いますか、同じプロデューサーとばかり仕事しているので、新しい人と仕事をしてみたいと思っていまして……」

「わかりますよ。デビューからずっと滝口プロデューサーとですもんね」

「はい……」

「もちろん、うちに入ってもらえたら、他にいくらでも仕事を紹介出来ますよ」

「ありがとうございます」


 ここ一年ぐらい、脚本家事務所に所属するという選択肢は常に頭の中にあった。スケジュール管理からギャラ交渉まで全てを任せられるので、仕事の幅も広がるメリットは大きい。だけど一方で、ギャラの3割を取られることに抵抗もあった。

「今、何か決まっている仕事はありますか?」

「来年の4月クールに映画化ありきの連ドラの話が決まっていたんですが、それも無くなってしまって……」

「え、来年の4月?」

「はい」

「それって滝口プロデューサーと?」

「そうですけど……?何か?」

「あ、いや。それじゃ、うちに所属の件、ゆっくりでいいんで考えてみて下さい」

「はい……」

 梶野さんが一瞬見せた怪訝な表情。それが何だか引っかかった。脚本家事務所を出ると16時を過ぎていた。今は特にすることもない。まっすぐ家に帰ろうと思っていたが、寄り道をすることにした。向かった先は、事務所近くにあったカフェバーだ。窓際の席に座り、生ビールを飲む。忙しなく歩く人たちを見ながら、ふと思う。思えばずっと走り続けてきた。こうして、仕事もせずにゆっくり寛ぐことなんて何年ぶりのことか。常に締め切りに追われ、心の余裕がなくなり精神は削られた。その結果、渚とも別れてしまった。新進気鋭の若手脚本家という名声は得たのかもしれないが、失ったものの方が遥かに大きかったことに今更ながらに気づく。
 スマホを取り出して、LINEを開く。渚に送ったメッセージはまだ既読がついていない。ため息でスマホをテーブルに置いたその時、着信が入った。渚!?急いでスマホを取りディスプレイを見たが、相手は違った。

「悪いな、呼び出して」

「いえ……」

 時刻は19時。六本木にある中華料理屋の個室にいた。目の前には、滝口プロデューサーがいる。降りると口にしてからまだ8時間程しか経っていないと言うのに、常に人を見下したようなこの顔をまた見ることになるとは。吐き気がしそうだ。

「お前に降りると言われてから、おっさんに話をしたんだ」

「すみません、電話でも言いましたが、あの仕事はもう――」

「まあ、聞けよ。おっさんは自分が悪かったって反省してた」

「今さらそんなこと言われても」

「わかってるよ。おっさんがな、どうしてもお前に謝りたいから呼んでくれって頼まれたんだよ」

「え? 呼んでくれって……?」

「あと10分くらいで来るから」

「いや、別に僕は謝ってもらいたくもないし」

 と、口にした時、カメラマンと音声さんが部屋に入って来た。

「何ですかこれ?」

「決まってんだろ。おっさんが謝罪するとこも撮影するんだ」

「ちょっと待って下さいよ!僕はもう降りたんです」

「ふざけるな!“リアリティドラマ”はもう始まってんだ。1話のオンエアだって、明日に控えてる。お前が降りるなら、その様子も撮らないと番組として破綻するだろ。それとも何か?これは俺への嫌がらせか?」

「いえ、そんなつもりは……」

「だったら、最後ちゃんとおっさんの謝罪聞いて、それで降りたきゃ降りろ」

「……わかりました」              

(つづく)

■徳永友一 プロフィール
1976年生まれ、神奈川県出身。TVドラマ「僕たちがやりました」(17)、「海月姫」(18)、「グッド・ドクター」(18)、「ルパンの娘」シリーズ、現在放送中のドラマ「ボクの殺意が恋をした」を手掛る。映画『翔んで埼玉』(19)では日本アカデミー賞最優秀脚本賞受賞した。『かぐや様は告らせたい ~天才たちの恋愛頭脳戦~ ファイナル』(8月20日公開)、映画版『ルパンの娘』(10月15日公開)が待機中。

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