脚本家・徳永友一初のオリジナル小説 第14回「崖っぷち男の逆襲」【未成線~崖っぷち男たちの逆襲~】

コラム

脚本家・徳永友一初のオリジナル小説 第14回「崖っぷち男の逆襲」【未成線~崖っぷち男たちの逆襲~】

かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~ ファイナル』(8月20日(金)公開)や、中川大志主演の日曜ドラマ「ボクの殺意が恋をした」の脚本家・徳永友一が初めて手掛けるオリジナル小説を、「DVD&動画配信でーた WEB」で特別連載!
脚本家を目指す中年男・吉野純一、若手脚本家として闘う男・宮間竜介、2人を巧みに操る男・滝口康平、3人の男のリアリティドラマが始まる。吉野が宮間の前に現れると、演技がかった謝罪をし始めた。リアリティドラマの意図、梶野の話を聞き、怒りが頂点に達した宮間は、滝口プロデューサーへの逆襲を決意する!

【写真を見る】崖っぷち男が逆襲へと動き出す!
イラスト/浅妻健司

第14回「崖っぷち男の逆襲 宮間編」

「すみません。今回の仕事降ろさせて下さい……」

 30分後、撮影が始まった――。目の前には吉野さんが座っている。ここに来てから、一度も目を合わそうとしない。そのくせ、カメラが回った途端すぐに口を開いて来た。

「先生……生意気言って本当にすみませんでした」

 謝りかたがどこか芝居がかっている。

「謝る必要なんてありませんよ。吉野さんが好きなように書いたらいいと思います。これは、吉野さんの作品なんですから」

「いや、それは出来ません。先生のサポートがないと」

「できますよ。面白くする自信あったじゃないですか」

「違うんです。あれからよく考えてみたら、確かに先生の言う通りだなと思いまして……」

 そんなわけない。あれだけ前のめりになっていた人間が急にこんな態度を変えるか?その時、吉野さんがふと滝口プロデューサーを見た。なるほど、そういうことか。最後までこんな茶番劇に付き合わされるとは、つくづく自分が情けない。

「僕はもうこのプロジェクトからは降りると決めたので、あとは吉野さん一人で頑張って下さい」

「どうしても……一緒にやってくれませんか?」

「ごめんなさい」

 とその時だった。俯いた吉野さんの肩が震え出す。え?泣いてる!?

「もっと先生に……教えてもらいたかったです……」

 声を絞り出しながらそう口にして来た。

「先生がいう筋書き通りに書きます。だからお願いします……。一緒にやって下さい」

 深々と頭を下げて来る。何なんだよこれ!?これじゃ、まるで僕が悪者みたいじゃないか。カメラの後ろで笑っている滝口プロデューサーが目に入った。
 その夜。急いで家に帰り、帰り際に滝口プロデューサーから手渡されたリアリティドラマの第一話を見た。華やかなオープニングが流れ始める。最初こそ、新進気鋭の若手脚本家として華々しく紹介されていたが、時間が進むに連れてこの物語の主役が吉野さんであることに気づく。構図はこうだ。シナリオ教室で落ちこぼれだった40歳を過ぎた吉野さんが、ドラマ執筆のチャンスを掴む。そこに立ちはだかるのは、新進気鋭の若手脚本家。もっとも多くの尺を使って流されたのは、吉野さんが三日三晩寝ないで必死にプロットを仕上げた場面と、そのプロットに対して僕がことごとくダメ出しをしている場面。悪意のある編集とカット割により、明らかに僕が悪者になっていた。これを見た視聴者が誰を応援するかは明白だった。

 午前0時。第一話の配信が始まると反響はすぐにあった。視聴した人たちのコメントが次々に動画サイトに投稿されて行く。「頑張れ!吉野さん!」、「何歳になっても夢追ってるなんて、マジ感動した!」。その一方、「自分の生徒ならもっと応援してやれよ」、「何こいつ?二度と宮間のドラマ見ねー」など、僕に対する辛辣な言葉が投稿されて行く。冗談じゃない!何も知らないくせに。だいたい、これは大部分がカットされ編集された作り物だ。乱暴にパソコンを閉じるとベッドに横になった。この仕事はもう降りたんだ。次の仕事を見つけることだけに集中するのだと自分に言い聞かせた。
 
 翌朝――。スマホの着信音で目覚めた。

「朝からすみません。梶野です」

「あ、はい。おはようございます」

「結構な反響ですね。昨夜から始まったリアリティドラマ」

「ええ……。でもあれは」

「わかってますよ。滝口さんにうまいことやられたんですよね」

「はい……」

 梶野さんの言葉で少しだけホッとする自分がいた。

「電話したのはですね、来年の4月クールの連ドラの話してましたよね?その話を聞いておかしいなと思って」

「おかしいって?」

「知り合いのプロデューサーに聞いてみたんですよ。そしたら、企画当初から大御所作家の松岡聡さんに決まってたって」

「どういうことですか……?」

「滝口さんが適当にうまいこと言ったんじゃないんですかね」

「それと、宮間くんに10月クールの話があったらしいですよ」

「10月の?いえ、そんな話全然耳に入って来てませんけど」

「それがですね、配信ドラマを理由に滝口さんが断ったって」

 一瞬で頭が真っ白になった。電話を切ってもすぐには動くことが出来なかった。怒りが頂点に達し発狂しそうだった。今すぐ電話して問い詰めてやる。電話をかけようとしたその時、手が止まった。いや、それじゃダメだ。どうせいつもの口八丁でやり込められて終わり。勝ち目があるとは思えない。だとしたら……。

 息をゆっくりと吐くと、滝口プロデューサーに電話をかけた。

「おう、宮間。どうした?」

 配信が好評だからか、声がいつもより明るい。

「すみませんでした。降りると言ったあの話、撤回させてもらえませんか?」

 滝口プロデューサーが笑い出した。

「やっぱな。そう来ると思ったよ。反響見たんだろ? 今降りたらお前は悪者のままだからな」

「ええ……。そうですね」

「明日14時、本社の会議室に来い。撮影するぞ」

「わかりました」

 そう言うと電話を切る。これでいい。このままあの男にやられたまま引き下がるなんて出来ない。こうなったら、とことん付き合ってやる。ただ、最後に地獄を見るのは滝口の方だ。

 翌日の14時。本社の会議室にいた。僕は吉野さんと対峙している。それを滝口が見ている。

「よし、じゃあカメラ回すぞ」

 滝口プロデューサーのその声でカメラが回り始めた。
 ここから、僕の逆襲が始まる――。

(つづく)

※「未成線~崖っぷち男の逆襲~」をお楽しみいただきありがとうございます。次回の更新日は今年秋頃を予定しております。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

■徳永友一 プロフィール
1976年生まれ、神奈川県出身。TVドラマ「僕たちがやりました」(17)、「海月姫」(18)、「グッド・ドクター」(18)、「ルパンの娘」シリーズ、現在放送中のドラマ「ボクの殺意が恋をした」を手掛ける。映画『翔んで埼玉』(19)では日本アカデミー賞最優秀脚本賞受賞した。『かぐや様は告らせたい ~天才たちの恋愛頭脳戦~ ファイナル』(8月20日公開)、映画版『ルパンの娘』(10月15日公開)が待機中。

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