動乱の2019年から2021年に3本の映画を撮影。豊田利晃×渋川清彦×飯田団紅が『全員切腹』の撮影秘話を明かす!
窪塚洋介が主演を務める、豊田利晃監督最新作『全員切腹』が7月24日から京都・出町座、京都みなみ会館で先行公開中、8月14日(土)からユーロスペースほか全国で順次公開となる。本作は、架空の神社である狼蘇山(おおかみよみがえりやま)神社を舞台にした『狼煙が呼ぶ』(19)、『破壊の日』(20)に続く26分間の映画で、明治初期を舞台に井戸に毒をまいて疫病を広めた罪で切腹を命じられた浪人の侍の姿を描く。栃木県西方町にある豊田組のアジトとも言える通称・江戸部屋にて、クランクアップ後の豊田監督、出演の渋川清彦、出演・音楽の飯田団紅(切腹ピストルズ)の3人に話を伺った。
「個人が誠実に生き抜いていくためのヒントを切腹の様式の中で追求したい」(豊田)
――撮影お疲れ様でした。2日間の撮影と伺いましたがいかがでしたか?
渋川「怒涛でしたね。終わったーって感じです」
監督「疲れた。眠いです!」
――豊田監督が今作を撮ろうと思ったきっかけは?
豊田「今の世間を見ていると『世が世なら、あいつら全員切腹だぜ』と思うことがしばしばあります。100年以上も前の侍の生き方から、個人が誠実に生き抜いていくためのヒントを切腹の様式の中で追求したいと思いました。この時代にどう生きるのが正しいのか、生き方の美徳について映画で表現しています」
――渋川さんは『狼煙が呼ぶ』『破壊の日』で主演を務め、『全員切腹』では介錯人という重要な役どころで出演されていますね。この狼蘇山シリーズはどんな作品だと考えていますか?
渋川「『狼煙が呼ぶ』は豊田さんの個人的な出来事から始まって、世に対してメッセージを送りました。『破壊の日』と『全員切腹』はコロナが始まってから撮り始めたので、豊田さんが抱いている怒りとか祈りとか、伝えたいメッセージは変わっていないと思いますね」
――飯田さんは出演・音楽以外に、狼蘇山シリーズの制作にも深く関わっているそうですが、間近で過程を見ていていかがでしたか?
飯田「長い歴史がある監督やKEE(渋川)くんの仲間に入れてもらって、一緒に悪巧みしてるような感じでした。ほかの映画の現場については知らないですが、大の大人が超クオリティの高い砂場の遊びをやっている感じ(笑)。今日の『全員切腹』の撮影を見ていても、血糊ひとつにものすごい時間をかける。監督とかKEEくんとかスタッフの仕事を見ているのは面白いですよ。それに毎回、完成した映画が驚くほどかっこいい!もともと高円寺のレンタルビデオ屋で店長をしていたので感動しています(笑)」
――飯田さんは今回、長セリフありで出演されているんですよね。
渋川「今回は会話するシーンがありましたね」
隊長「もう感動しちゃってね。『狼煙が呼ぶ』の時は、切腹ピストルズが階段を上がってくるシーンで監督に、『隊長(飯田)はやることが古い』と言われてしまって(笑)。『破壊の日』は一言セリフがあって、『全員切腹』でついにKEEくんと会話するっていう。それも『落語みたいにしゃべるんじゃない』ってずっと言われてましたけど(笑)」
豊田「でも今回は隊長の奥の顔を引っ張り出せた感じがする。なかなかみんなは見られない隊長のいい顔だと思うよ」
「狼蘇山シリーズは年に1回撮影しているのでお祭りみたいな感覚」(飯田)
――狼蘇山シリーズは、すべてここ西方町周辺を中心に撮影されているそうですね。スタッフとしても西方の方がたくさん参加していると聞きました。
豊田「隊長がたまたま西方にいたからこの町を知ったんですけど、まわりにいるやつが本当にみんないいやつ。栃木市が蔵の街だったりして、古いものや職人気質の人が多いんですよね。彼らが青年部としてお祭りとか盆踊りとかいろんな行事を仕切っていて、息が合ってる。昔気質の町内会の雰囲気があって、僕も大阪の下町出身なので懐かしいような感じもあります」
飯田「『西方の暇なやつら仕事あるぞ』って声かけてね。最初は知り合い数人が関わっていたんだけど、監督がここ江戸部屋によく遊びに来るから、仲間たちとも知り合いになっていって。それぞれに紐づいている仲間がまたいて、『手伝いたい。こんな面白そうなことないじゃないか』って集まったんですよ。ここ3年、年に1回撮影しているので、お祭りみたいな感覚ですね」
豊田「ロケ場所を探してくれたり、『破壊の日』では出演のマヒトゥ・ザ・ピーポーが入っていた棺桶を大工が作ってくれたり、色々やってもらっていますね。今回も切腹シーンの畳とか長屋のむしろなんかを畳屋が用意してくれました」
隊長「『狼煙が呼ぶ』からの美術とか小道具もここに保管してありますからね」
豊田「西方新三部作も撮れるね(笑)」
渋川「僕もロケ場所の加蘇山神社にもう3年連続で来ていますからね。宮司さんと『今年もよろしくお願いします』とか話したりして(笑)。すっかり西方の方々にお世話になっています」
「自分にできることは映画撮ることだけ」(豊田)
――2020年の緊急事態宣言直後に撮影された『破壊の日』に続き、『全員切腹』の撮影は2021年の緊急事態宣言中となりました。
豊田「今回はちょっと読みが外れて緊急事態宣言と撮影が被りました。コロナ禍であることは変わらないですが、『破壊の日』の時よりはシリアスな雰囲気ではなかったように感じます。今はもう、そこまで気にして誰が得するんだじゃないですけど、補償もないし国の言ってることはデタラメだし」
――豊田監督はコロナ禍も映画制作を止めず、『破壊の日』は2020年のコロナ禍の中で撮影され公開された唯一の作品として、イタリアのオルトレ・ロスペッキオ国際映画祭2020で監督賞を受賞されました。コロナ禍に映画を撮ることについてどう考えていましたか?
豊田「『破壊の日』はコロナがあったから撮ったんじゃなくて、2020年のオリンピックの間、映画館ががら空きになると映画館の支配人に聞いたので、だったらその間の枠くださいってことで撮ることを決めました。それでコロナがきちゃったので、『破壊の日』が初めてのコロナ禍での撮影になりました。今年になってコロナで心が病んでいる人とか、アジア人の差別とかいろいろありますけど、そういう憎しみの連鎖みたいなものがこれから続くんじゃないかと思って。そして、なんとなくみんな元気がない。跳ねると金槌で殴られるように押さえつけられている感じがします。自分にできることは映画撮ることだけなんですけど、行動することが人の力になるんだっていうことを信じて映画を撮っています」
「豊田さんとは師匠のような友達のような不思議な関係」(渋川)
――渋川さんは豊田監督からのオファーをどのように受け止めましたか?
渋川「僕は豊田さんが誘ってくれたら乗っかるだけなので(笑)。1998年の俳優デビューからずっと一緒にやらせてもらっているので、もう年齢のちょうど半分くらいの付き合いになります。師匠のような友達のような不思議な関係ですね。それに、豊田組はチームでやってるから知った顔が多いんですよ。顔なじみのスタッフにまた会えるのはうれしいです」
――この狼蘇山シリーズにおいて、切腹ピストルズの音楽はどういう存在なのでしょうか?
豊田「『狼煙が呼ぶ』も『全員切腹』も時代劇なんですけど、普通の時代劇とは違う。でもお客さんがリアリティをもって見られるのは切腹ピストルズの音楽が流れているからだと思います」
飯田「それはうれしいですね」
渋川「『全員切腹』のために新曲も作っているんですよね?」
飯田「はい、いいはずですよ。構想の段階から監督に話を聞いて、脚本を見せてもらいながら作っています。映画の音楽を作る時はライブとは違って、純粋に自分たちが聞いてみたい音楽をやる機会をもらってる感じですね」
――前作『破壊の日』では公開の前夜祭におもしろいを試みをされていましたよね。切腹ピストルズをはじめとした音楽隊と渋川さんらが、渋谷の神社からイベント会場である渋谷WWWまで練り歩きをし、ライブ配信するというもの。豊田監督の狼蘇山シリーズ制作日誌と、映画のスチールを担当した名越啓介さんの写真で構成された『7.24映画戦争2019-2021』でもその写真が印象的でした。
豊田「宣伝の奥田アキラがそういったデモやイベントを得意としているのでお願いしました。映画のイベント会場にデモをしながら向かうっていうのは、初の試みだったんじゃないですかね。僕は後ろを向きながらみんなを撮影していました。名越(カメラマン)は車道に行ったり歩道に行ったりして、けっこう警察に注意されてたね(笑)」
名越「そうでしたっけ(笑)?なかには、通行人で踊ってる人も出てきて、練り歩きを撮るだけではなく、その中の視点からまわりの道を行く人々も撮影していました」
渋川「あの練り歩きは楽しかったですね。ああいうかたちで公開を始めるっていうのはなかなかできないことなので貴重な体験でした」
――最後に観客に向けてメッセージをお願いします。
豊田「いま、世の中はオリンピックの問題や、コロナパンデミックの不安とか、多くの分断される要因がありますが、そのことを踏まえ、なにか共有できる想像力を持ち、新たな未来を良き方向へ楽観的に歩めるようになることにつながればうれしく思います」
取材・文/石川ひろみ 写真/名越啓介